第496話 禍根⑦幸運のレディー
「団長、戻りました」
「なんだ、まだ生きてるじゃないか?」
うわー、わたしのこと!?
今、めちゃくちゃナチュラルに言ったよね?
ホーキンスさんは、ソファーにわたしを横たわらせた。
わたしは意識ないんですよの演技を続けている。
ホーキンスさんを信じようと思ったので大人しく従っているが、危険を感じたら魔法で逃げるつもりだ。それより、この犯罪めいた話の真相を知りたくなっている、というのが本当のところかもしれない。
「今日ここを去るんです。この子はここに置いていきましょう。夜になったら家に帰るように魅了をかけます。芝居を見て、体調を崩して、眠ってしまっていた、それしか記憶に残りません」
「お前はそれだからダメなんだ。甘すぎる。徹底しろ」
「……あの宝石、どんな訳ありなんです?」
……宝石、確かに神秘的な輝きを放ってはいたけど、……どう見ても宝石ってサイズじゃない。あれを見て〝宝石〟って思う人は稀だと思う。
「お前は何も知らなくていい! スラムのきたねーガキの面倒を見てやって、役者にまでしてやった。スキルの使い方も教えてやった! お前は俺のいうことだけ聞いてればいいんだよ!」
スラムのガキ……。そうかジェインズ・ホーキンスって、芸名だったんだ。
何かを蹴ったような音がした。ホーキンスさんの呻き声。
「お前、ちょっと名が売れたからっていい気になってんじゃねーか? お前がすごいわけじゃない。その〝魅了〟のスキルで取り巻きを得てるだけだ。お前なんて空っぽだ。マークの方がまだマシかもな。ひとつでもリリーに好かれる要素はあったんだから。いいか、お前なんかいくらでも替えがきくんだ。そのガキを始末しろ。そしたら今回楯突いたのは目を瞑ってやる。やらねぇなら、お前に用はない。お前も始末するだけだ」
ひどい、ひどすぎる!
薄目を開けて見上げると、団長がニヤリと笑っていた。
ひとりで頭を冷やして考えろってことなのか、団長が部屋を出て行くと、ホーキンスさんは小さく息を吐いた。
そしてわたしの横たわるソファーの前に座り込む。
「ごめんね、巻き込んじゃって。心配しないで、助けるから」
わたしを抱き上げようとするから、それを止める。
「どう動くつもりですか? 計画を立てましょう」
小さい声で提案する。
「計画?」
わたしは頷いた。
「わたしも魔法が使えます。ホーキンスさんの魅了は、魅了していうことをきかせるというものですか?」
「そうだよ。君には効かなかったみたいだけど」
「わたしにはシールドが張ってあるんです。恐らく弾いたんだと思います。もう何回も魅了を使ってますよね? あと何回ぐらい使えそうですか?」
「あと、5回ってところかな」
用心棒は割と人数がいた。5回じゃ、とても足らない。
際どい状況にいるのに、この人やけに落ち着いている。
「……勝算があるんですか?」
「え、いや、申し訳ないけど、それはない。けれど、うまくいく気がしている」
何を根拠に? 感覚の人かい? 多分、わたしはジト目で見ている。
わたしもそういうところがあるけれど、人がやっていると恐ろしく感じる。
これからは気をつけよう。
「さて、どうするか……」
ホーキンスさんはこんな場面でニヤニヤしている。わたしを始末しなかったら、あなたも危険なんだよ? わかってる?
「わ、わたしのせいで……あなたも」
わたしはホーキンスさんが状況をわかってないのでは?と心配になり、現状を言いかけた。けれど、遮ってホーキンスさんは言う。
「それは違う。団長は僕を見限った。楯突いたのを目を瞑ると言ったけど、僕が君を片付けたところで僕も始末するつもりだ。あの君が見てしまった赤い宝石。あれで団長は何か悪いことをしているみたいだ。今日、ここを去るのも急だった。何かあったんじゃないかと思う。あの宣告。僕を殺して全部僕がやっていたと押し付ける気だ」
!
今まで慕っていた人に、あんな風に言われるのも辛いだろうし、罪をなすりつけられると感じたら、辛いだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
覗き込むと、ホーキンスさんは苦笑い。
「聞いただろ。僕はスラム出身。団長に拾われたんだ。生きてこられたのは確かにあの人のおかげだから、今までいうことを聞いてきた。でも……」
ガン!
ドアが蹴られた。
「おい、ジェインズ、ガキを始末するか、テメェも殺されるか、決めたか?」
ホーキンスさんはわたしを見た。そしてとても小さい声で言った。
「僕を信じて」
と、わたしのおでこにキスをした。
ええっ?????
「僕の女神!」
ウインクをしてから、打って変わって怯えているような声を出す。
「団長、心を入れ替えます。だから助けてください。この子は……僕が始末します……」
ガッとドアが開く。わたしは慌てて目を瞑った。
「そうか。よし、それでいい。どう始末する?」
「僕のスキルで。自分の手を汚さなくても、彼女は自分で命を落とします」
「お前、根が腐ってやがるな。けど、悪くねぇ」
「ねぇ、団長。あいつらと組んで何やってるんですか? あの赤い宝石はなんなんです? あれ、金になるんですよね? 僕も混ぜてくださいよ」
媚びるような声音。
「調子に乗るな。またいうこと聞けば、そのうち混ぜてやるからよ」
「そう言わず、少しでいい、教えてくださいよ」
「しゃーねーな。あれはな、宝石じゃねー、魔石だ」
!
「魔石?」
「魔石といっても、まだ核が入れられてねーけどよ」
「核?」
「あれはな、運ぶと金になるんだ」
「運ぶと?」
「ああ、興行で俺らはいろんな国に出入りする。持ち物だって、芝居に使うっていやぁ、調べられることもない。だから打ってつけなんだってよ」
ヤバイ。心臓が早く胸打つ。近くにいるホーキンスさんに聞こえちゃう。
そう、魔石と言われた方が納得できる。……嫌な気配は発していなかったけど……。でも、あの赤さ、見覚えがある。もふさまがここまで小さくなかったらわかったかもしれないのに。
「運び屋だったわけですか……」
一瞬ホーキンスさんの声が真面目になる。
「そんなことより、早くそのガキに魅了をかけやがれ」
「さ、お嬢ちゃん、起きて」
ソファーに寝そべっていたわたしを、ホーキンスさんは座らせる。
わたしはゆっくり目を開けた。
「僕の幸運の女神、レディー、これから僕のいう通りにするんだ」
「幸運の女神? ガキにとっちゃ不運だろうよ」
団長がツッコミを入れてくる。
「君は、これからこの劇場を出る。そして教会の鐘つき塔に登るんだ。途中で君はかわいい小鳥を見つける。手を伸ばすと鳥が君の手に止まる。鳥が一緒に空へ飛ぼうと誘ってくる。君も白い翼を広げて青空に飛び立つんだ」
さすが役者。セリフがうますぎて、わたしには翼があり、白い翼を広げて青空に飛び上がれる気さえする。
わたしはすくっと立ち上がる。魅了にかかった人は〝そう〟指示される以外は〝会話〟できないのだろう。だから、もうホーキンスさんが見えてないとばかりに無視して、言われたことを実行するためだけの動きをする。
ーー教会の鐘つき塔へ。
「鐘つき塔まで誘導します」
後ろでホーキンスさんの声がする。
「他のに行かせる。お前の気が変わったら困るからな」
「最後までやらせてくださいよ」
言い合いが続いている。
振り返ることはできない。わたしはそのまま歩みを進める。
さっきのおっかなそうな人の前も、見えてないそぶりで歩いて行く。
劇場を出た。




