第487話 仲違いしないための証
「女王になれる素質がある人って、リーのことだったの?」
尋ねたアラ兄に、狐は頷いた。
「女王になれる素質とは?」
「人族は聖なる血筋で、聖なる獣を遣わされた子って言ってた。聖女にはなれないが聖女と同等の力があると」
勝手なこと言ってるな。依頼主を突き止めたいね。わたしとアラ兄はアイコンタクトを取る。
「でも、人族はわかってない。女王になるには、聖なる血筋だけなら何の意味もない」
「女王って、王はダメなの? 女性じゃないといけないの?」
神聖国の王様は男性だったはずだけど。誘拐犯たちが言ってたことによればだけど。
「そうだよ。女性じゃないと聖霊王は降りてこないから。それなのに男が王になったりしたから、悪いものが入り込むようになったんだ」
そういえば、神聖国絡みで誘拐された時、現地の女の子が、精霊王の末裔の魂がなんとかと言ってたな。
神聖国、神ってつくのに、精霊信仰なの?
思い出す。あの時もそんなことをチラッと思ったっけ。
思い出せ。あとなんだっけ。聖女を必要としていて、聖女になれば女神の力が宿って、証を輝かせられるとか。確か証があれば聖女の力を使っても生命を削らずに済んで。……結局、証を輝かせて、それがなんのメリットになると思っていたんだろう?
「神聖国なのに、精霊信仰なんですか?」
「信仰? 両方だよ。神と聖なる方が、仲違いしないための証に創られたんだもの」
え? 神と聖なる方。精霊ではなくて聖なるって方? 聖なる方っていったら、もふさまたち護り手が仕えている方、だよね。
え、ええ?
仲違いしないための証ってことは、仲違いしたことがあるの?
神さまと聖なる方が?
『マスター、時間です。約束の時間が近づいています』
タボさんのアラームが頭に響いた。
あ、そうだった。もう、そんな時間か。
……狐には、また時間を取ればいいものね。
わたしはアラ兄に次の約束があることを告げた。
狐に聞こえないように、こそっといろいろ聞き出して欲しいこと、特に依頼主! アラ兄から後で全てを話すよう約束をさせられた。そうだった、昨日のことアラ兄に話してないんだっけ。
わたしはうんうん、頷いた。そして身を翻し中庭に急いだ。
聞いたことを整理して、考えたいことはあるが、今はこっちに集中。
わたしに気づいてジェイお兄さんが手をあげた。隣にちゃんと連れてきてくれている。
「お呼びだてしてすみません、ジェイお兄さんも、ありがとうございます」
頭を下げると、ジェイお兄さんは
「大したことじゃないよ」
と笑ってくれた。
ジェイお兄さんに、チャド・リームと話したいのだと伝達魔法を送ったのだ。
ジェイお兄さんはすぐに段取りをつけて、伝達魔法を返してくれた。
目があった。連れてきてもらったチャド・リームは機嫌よく笑う。
「今日はツンツンしてないね」
わたしも愛想笑いを浮かべた。
「ええ、お尋ねしたいことがあるので」
「嫌いな私に、聞きたいこと?」
「ええ」
「何かな?」
「……魔法とは何ですか?」
チャド・リームは微かに首を傾げる。
「魔法とは魔の法則を編むことだよ? そんな基本的なことを、嫌いな私を呼び出して、わざわざ聞きたかったの?」
「それは、誰から教わったんですか?」
「え?」
「魔の法則を編むものだと、誰から聞いたんですか?」
編むとは古代魔法の名残だ。もしくは呪術から。
いや、同じか。呪術は古代魔法から派生したものだと思う。
聖樹さまは魔法陣とは術式を編んだものだと言った。
オババさまは呪術とは瘴気を術式に編み込んだものと言った。
魔法陣として術を編み込んでいくところが同じだった。
それらのことからわたしは仮説を立てた。
人は魔を生まれ持つ。魔には属性がある。
魔は5歳の祝福の儀により器と馴染ませる。器に馴染めば、指を動かすのと同じように魔が使えるようになる。それが〝生活魔法〟だ。魔の発端だ。
魔を法則により複雑に編み込んだのが〝魔法〟。もしくは〝魔法陣〟。
そして派生したのが〝呪術〟。
魔法をレベルダウンさせただろう300年前、生活魔法と魔具の設計図としての魔法陣だけを残し、後は禁止された。
わたしはガネット先輩から、魔法とは魔の法則を編むとチャド・リームが言ったと聞いた時に、リーム領の近くに、呪術の何かが残っているのではないかと思った。
「誰にって……多分、家庭教師だと思う」
家庭教師! さすがおぼっちゃま!
「なんて言う方ですか?」
「ホーキンス先生」
ホーキンス先生……。
「リーム領の方ですか?」
「いや、違うけど」
「紹介状を書いていただけませんか?」
「え?」
「お願いします」
「なぜ?」
「それは……言えませんが、知りたいことがあります。わたしにとって大切なことなんです」
シーンとする。
掌を返したような態度だ。あんなに嫌な態度をとっていたのに、頼みがあるときだけ。でも、リーム領は西に位置するし、呪術の糸口を見つけたかもしれないのだ。
チャド・リームは顎に手を置いて、考え込む。
「紹介状は書かない」
あ。ダメか。
「私が同席する」
「え?」
「顔を合わせる時だけだ。話を聞いたりはしない」
わたしは片手を胸に置き、感謝を示すカーテシーをした。
「ありがとうございます」
日程などは後から詰めることになった。
これで、呪術にまつわることに、一歩近づけたかもしれない。
この時わたしは、自分の仮説に信頼を置いていた。




