第475話 収穫祭⑤家宝
「父さまは、もちろん知ってるんだよね?」
「私たちには話してくれなかったけど、知っているだろうね。商業ギルドが受け入れたわけだから、その報告があがってきているはずだ」
なんで父さま、何も言わなかったんだろう……。
「リディーの感じた悪意は彼女だろう」
……ペネロペは、ウチの商会を潰すつもりなんだ。
ウチの領地に堂々と入ってきたということは、本気だろう。領地ごと掻き回す気かもしれない。
それにペリーは巻き込まれたんだ。
「利用されたんだね、ウチの領、出身ってことで」
久々に、頭に血がのぼるくらい頭にきた。
なんなの、ペネロペ!
「ウチに喧嘩をふっかけるのは仕方ないとして、なぜ、関係ない人を巻き込むの?」
「リディー、関係なくないよ。あの子が何も知らされてないとは考えにくい。恐らくシュタイン領を潰すのが目的だろうから。彼女は納得して、自分から飛び込んだんだ」
ジョセフィンの言葉がリフレインする。
「みんなの中に素養はあるの。それが良くも悪くも発展して、その人を形作る。それが外に出て悪いこととなった時に、中にあった〝素養〟は〝火種〟と呼ばれるの」
ジョセフィンの言う通りだ。誰の中にも火種は燻っている。それを良きところで使って〝素養〟と呼ぶべきものにするか〝火種〟にしてしまうかは、自分の責任だ。
でも情があるから、人って感情を割り切れない。
もし〝ウチ〟と〝ペリーが窓口の商会〟が衝突したら、領地の人々は心を痛めるだろう。
そんなことを考えているうちに、カトレアの宿についた。
兄さまは、汗もかかず涼しい顔だ。
運んでくれた、もふさまにお礼を言う。
もふもふ軍団には、エリンとノエルにはみんなの正体を話したけど、親戚の方々には秘密だから、ぬいぐるみでいるように注意しておく。
「カトレア!」
「いらっしゃいませ、お嬢さま、フランツさま。もう皆さまお揃いです。ご案内します」
従業員に受付を任せて、自ら案内してくれた。
もふさまは、宿の中では、お遣いさまモードだ。大きくなっている。
領地の人は、もふさまがただの犬ではなく、聖なる遣いの方を宿していると、もう知っているから何も言わないけれど、外からの人は別だ。宿に犬を連れて入っていたら驚かれる。でも、〝犬〟には見えない見かけなら、驚かれても〝聖なる方からのお遣いさまです〟と言えるので宿に入る時はこうしてもらう。小犬の姿でもお遣いさまというキャラは変わらないけれど、小犬より大きな姿の方が説得力があり納得しやすそうだから。元々聖獣だから、本当にその通りすぎるんだけど。
「あら、ふたりできたのね。仲が良くて何よりだわ」
母さまの母さまであるグリフィスおばあさまに言われる。
「祭壇の準備で、ちょうど会ったのです」
兄さまがそつなく答えた。
主役のエリンとノエルは、赤と白を基調としたかわいらしいペアルック。ふたりとも最高にかわいかった。
今日はこちらの宿で特別にお刺身を出してもらうことになっている。それも楽しみだ。
クジャク公爵さまの音頭で、誕生会は始まった。
貴族も平民もお誕生会ってのは、まずやらないものらしい。
5歳になったときのお披露目会、社交界のデビュー、そして成人の儀で祝うくらいなんだって。貴族だと誕生日を人に言わないようにするものらしいし。
だから、話した時、1年ごとに祝うウチの慣しに最初は驚き、けれど気にいったようだ。元々、夜会やお茶会に忙しく行かれていた皆さまだから、華やかな宴はとっくに引退したものの、パーティー自体は胸が騒ぐらしい。
アラ兄とロビ兄は5月。兄さまは真冬生まれ。その時も盛大に祝おうと盛り上がっている。わたしは今年、誕生日の頃は学園にいたので、辞退した。
お刺身!
ああ、お刺身、大好き。
シュッタイト領からもらったワサビが、これまた最高にピリッときくやつで。
エンガワにちょぴっとワサビをのせ、ちょんとお醤油をつけて、あんむりいただく。
コリコリした食感に、甘い身がうまい。ワサビとお醤油が甘さを余計に引き立たせる。海藻と大根のツマをバリバリと食べる。
喉がすーっとする。脂がのっているから、野菜も一緒に食べないとね。
次はホタテにしようかな。
双子もお誕生日席で、満足そうにお刺身を頬張っている。
もふさまは特製ちらし寿司だ。もふもふ軍団にもちらし寿司を食べてもらうのに、少し離れた衝立のところでみんなに食べてもらっている。
おじいさまたちやおばあさまたちと、双子はかなり仲がいい。ぽんぽん会話を展開させ、わたしたちも思わず笑ったりした。
海の幸をお腹いっぱいにいただき、テーブルの上を片づけてもらう。そしてお茶の用意がされた。
リュックにもふもふ軍団を入れたもふさまがのっそり近づいてきて、わたしの足元で丸く寝そべる。
「それにしても不思議だな。海に近くないシュタイン領で、こんなに新鮮な海のものをいつも食べられるとは」
「本当にねぇ」
「……実はこれらは、ダンジョンで手に入れたものなのです」
父さまが、言い訳のように話す。
「何、海ではなくて、ダンジョン産だったのか?」
父さまの母さまのお父上であるウッド侯爵ひいおじいさまが、驚いた顔をする。
「……はい。これもその魔使いの残してくれた恩恵のひとつでして。ダンジョンから得るものが多いのです」
「そのダンジョンから、〝家宝の収納袋〟が出たのか?」
前ランディラカ伯、つまりひいじいさまの奥さんだったゲルダひいおばあさまのお兄さんにあたるクジャク公爵が、茶目っけたっぷりにおっしゃった。
わたしがむせると、隣のアラ兄が背中をさすってくれる。
あ、そうだよね。収納袋を作った頃は、親戚がいないと思ったから〝家宝の収納袋〟にしちゃえばバレることないと思ったんだけど、その親戚が父方も母方も勢揃いなんだもの。逃げ道はない。皆さまを通り越して、ウチに家宝がどう伝わったんだって話で……。
父さまと母さまが居心地悪そうにしている。
「ハハハ、悪いな、少しからかっただけだ。お前たちなら、良い使い方をするだろうから、それを手にしたのだろう」
母さまの父さまである、おじいさまのグリフィス侯爵さまが言う。
「ワシらは親戚であるが、長らく関係を絶ってきた。つまらない、とるに足らないことに心を奪われてな」
後悔を伺わせる声音で、皆さまが下を向かれた。
「それにより、失くしたものも多い。けれど、お前たちがまたワシらに機会を与えてくれた。取り戻す機会を。ワシらは忘れていた。世の中がこんなに楽しいものであふれていることを。手を動かせば、いつでもまたそれに手が届くということも。教えてくれたのはお前たちだ。だから、お前たちにはなんでもしてやりたいと思っている」
おじいさまは隣のエリンの、おばあさまも隣のノエルの頭を撫でた。
「今日は祝いごとゆえ、贈り物を用意した。皆で考え用意したのだ」
「エリンやノエルだけじゃないぞ、お前たちに今までこうして祝えなかった分、皆に用意した」
「おじさま、それはいくらなんでも」
父さまが止めに入った。




