第442話 多すぎる問題
幕から覗き見ると、ダニエルとブライ、アイボリー令嬢が来てくれている。あ、部長とユキ先輩だ。フォンタナ家のおばさまたちやケラたち、音楽隊で一緒だった先輩たち。あ、意地悪してきた先輩たちもいるや。
「多いな」
イシュメルが茫然としたように言った。
「そうだね。そういえば舞台でやる時もそうなるな。どうする?」
スコットが、イシュメルに意見を求める。
「これはこっちも賭けになるけど、抽選にしよう」
イシュメルの決断は早かった。
紙に番号を書いたものを折りたたみ、箱の中に入れた。
それを急いでお客さんたちに引いてもらった。劇で使いますと言って。
円陣を組み、お互いを鼓舞した。
今回の勇者さまは抽選なので、こちらに好意的かはわからない、けど引き込むぞーと決意した。
ジニーのナレーションが始まる。最初に、渡した紙に書かれた番号を覚えていてくださいと伝えた。
練習通りに物語は進む。レズリーが拐われてしまったのだと、勇者を引き込む場面だ。
舞台の子供たちが一斉に観客たちを仰ぎ見る。
「俺たちの弟が、魔物に連れ去られてしまったんだ! お願いだ、一緒に行って魔物を倒してくれない? レズリーを助けてくれない? 3番の勇者さま!」
反応がないと、フォンタナ家のひとりが、「3番の勇者さま? 誰だ? 羨ましいな」と25と書かれた自分の紙をひらひらさせた。
誰、誰?とざわざわし始めると、意地悪グループの中で無理やり一緒にいさせられているようなオドオドした先輩が細い手を挙げた。
イシュメルは先輩の手を持って、舞台に連れてきた。
「勇者さま、お願いだよ!」
強い調子でイシュメルが言うと、勢いに押されてという感じで頷く。
そんな調子で、5人の勇者さまが舞台にあがった。
ひとりはオドオドした小さな先輩。颯爽とした感じの貴婦人。ツンツンした感じのお嬢さま。ぬぼーっとした男の先輩に、スキンヘッドのおじいさんだ。
みんなあっさりと一緒に魔物を倒してくれるというので、勇者を引っ張り込むのに時間はかかってしまったが、ダンジョンシーンまでがすんなりといった。時間的にプラマイゼロ。
魔物を倒すのは楽しかったらしく、かなり積極的にやってくれて、わたしたちは慌てて魔法を使ったり、魔物役がハッスルすることになった。
祝福の剣が出たので、わたしの出番だ。
「うるさいわねー、ちっとも寝れないじゃない!」
プリプリと怒って登場する。
そしてイシュメルとの会話で名前をいい、そして助けを請う。
勇者さまたち。てんでばらばらのようだが、最初に決まったオドオド先輩を勇者さまたちの大将にしているようだ。
オドオド先輩が何も言わないので物語が止まってしまった。
……これは……。
彼が「助ける」と言ってくれないと、物語が進まない!
とにかく言わせないと……本当に助けるつもりがなくても「た」「す」「け」「る」って文字を続けて言ってくれさえすればいい!
あ!
わたしは思いついたとばかりに、掌に拳を打った。
わたしはオドオド勇者の持つ剣を指差した。
「剣がどうした?」
口を出したイシュメルを睨む。
わたしは構えをとって剣を振り下ろす真似をする。そして剣を向けられた側になり、腕でガードする体勢をとる。
妖精が口をきかずに、でも何かしている。意味はあるんだろうけど??
と、みんな思案顔だ。
「……盾?」
観客の誰かが言った言葉をわたしは指をさして、「それ、それよ」とオーバーな態度だけで喜ぶ。
そして〝置いておく〟の動作をする。
次は膝からくるぶしまでを指さした。
「足?」
わたしは首を横に振って、もう一度くるぶしから膝まで指でなぞる。
「ええと、スネ?」
わたしは、正解! と指差す。
そしてまた置いておく。
今度は簡単。イシュメルの髪を軽く引っ張る。
「髪?」
あれ、簡単じゃない? わたしは惜しいと残念さを込めて首を振る。
「髪じゃないなら、何?」
「毛じゃ!」
スキンヘッドのおじいさんが嬉しそうに言ったので、わたしはうんうん頷いた。
次が難しいんだよなと思っていると、貴婦人の指に目が止まる。
あの赤い色は!
わたしは貴婦人によっていって、胸の前で組んでいる手を指差した。
「指輪ですか?」
貴婦人の言葉にわたしは首を左右に振る。
「美しい色ですね、なんの宝石ですの?」
アマンダおばさまだ。フォンタナ家の男爵夫人が貴婦人に問いかけてくれた。
「こちら、ルビーですわ」
正解!とわたしは指を差す。
そして最初に〝置いて〟きたものを引っ張り出してきた。
「最初のですわね」
「盾だったわよね」
わたしは拳で左手を上に右手を下に置いて、上の左手の方を振るった。
「なんだ?」
わからないようなので、「た」と口を開きながら、左拳をあげ、「て」という口の形にして下に右手を置き、左の拳を振るう。
「1文字目のた、ってことかしら?」
勇者のツンツンお嬢さまにわたしは大正解の合図を送った。
スネも同じ要領でわかってくれて
「す」と声が上がる。
イシュメルの髪を引っ張ろうとすると
「け」
と声が上がり、
貴婦人の指輪を指差すと
「る!」
と声があがった。
わたしは勇者の大将である、オドオド先輩の腕を掴んだ。
腕をガードするようにして、もうわかったよね、と圧をかける。
「た?」
ぼそっと声がする。
次は足を触れば
「す」
わたしの髪を引っ張って見せると
「け」
貴婦人の指輪を指差す。
「る」
「ありがとうございます、助けてくれるんですね!」
わたしはすかさず言った。なんなら「る」と同時に言っていた。
かなり強引なことは認めるが、クリアだ!
おじいちゃんが豪快に笑った。
「なるほどな! 妖精ってのは面白いな」
「本当ですわね、まんまと助けることになってしまいましたわ」
「こんなに一生懸命なんだから、助けてあげなくてはですわね」
それを境に、勇者さまたちは疑問なども口にしてくれるようになり、真相も魔物とされた元村人役のリキとの会話でずいぶん広がって、しんみりムードになったりした。
真相を知って、どうすればいいかとイシュメルにこれからのことを委ねられ、今回の勇者ご一行さまは国に訴えるのがいいんじゃないかと結論を出した。きっと王さまなら誰にとってもいい答えを出してくれるはずだと。
王さまオスカーの裁きで、イシュメルはタジオ領に戻された。村人たちは、それでも誘拐は悪いことなのだと罰せられることになった。イシュメルをちゃんと育て、そしてイシュメルも恨んだりしていないことから、罰としては軽い、罰金を払うというものになった。お金を持っていない村人にしては大変なことだったが、その罰金を払うまで猶予もあり、一生懸命働けば暮らしながらもなんとかなるという温情あるものだった。
勇者たちは自分たちの願いが叶えられるという万能な妖精の宝を、村人たちのために守りの木の復活させることを願った。
オドオド先輩が王さまの前で、訴えをしっかりしたところを見た時は、なんだか感動してしまった。
大きな拍手に包まれて、劇を終えた。
「やっぱ、抽選は怖いな」
舞台裏に戻れば、汗を拭きながらイシュメルが唸っている。
「よく、リディア、繋いだ!」
レニータが労ってくれると、みんなもこぞって褒めてくれた。
「でも何を始めたのかと思ったぜ」
イシュメルに半開きの目で見られる。
「ごめん。でも、とにかく〝助ける〟って言わせないとと思って」
講堂は広いから、観客は教室より多いだろう。人数が多ければ、参加型は進行側にとっては難易度が上がる。
でも抽選は賭けとなる。恐らく否定的な人よりも無反応な人の方が参加型にとっては厄介だ。
そこで、勇者として参加して欲しいと呼びかけ、やってもいい人に挙手をしてもらい、先着5名さまに勇者になってもらおうということになった。
とにかく今日の劇は終わった。
お疲れさまとみんなで労って、クラスを後にした。




