第438話 夜明けの勇者(後編)
「騎士のおじさん。俺たち、どうすればいい? 村の人たちは良くないことをしたって。みんな捕まえられちゃうの?」
「私たちが考えていいのかい?」
父さまがイシュメルに優しく尋ねる。
元気よくイシュメルは頷いた。
父さまはおじさんたちを振り返って、相談を始めた。父さまを引き込んだことでとても楽ちんだ。
わたしたちの劇は相手あってのもの。物語がどう動くかはわからない。でもそれはそれでいいと思っていて、何通りかの結末も用意している。いくつかのポイントがあって、そこを押さえれば成功なのだ。
最初のポイントは勇者を定め、引き込むこと。
次は魔物を倒してもらう。ここで楽しんでもらえたらいいと思っている。
妖精を連れていく流れにする。
そして真相を理解してもらう。
村人が〝魔物〟としたのはかつての〝村人〟だ。
10年前に話は遡る。税があまりにも多く、そのことを領主さまに直訴に行った村人が、反乱だと捕らえられ殺されそうになってしまう。領主の子供を盾に話を聞いてもらおうとしたが、それも失敗し逃げて、森の中で暮らすことになった。
村人のひとりは領主よりもっと上の、国に訴えようと言ったが、村人たちは結果は同じだと思った。総意でその男を追い出すことに決めた。そして村人は誰にもみつからないように、村の出入り口に守りの木を植えた。
雷が落ち守りの木がなくなったことで、追い出された男は村を見つけることができた。自分の子供を取り返しにきた。でも村人は子供たちに真相を知られることを嫌がり、男に出て行って欲しい、このまま静かに暮らしたいのだと訴えた。
男は息子だけでも会わせてくれと言ったけれど、今日は帰ってくれと食べ物を持たされ追い出された。何度も村を訪ねたが子供に会わせてもらえず、追い払われた。そして森の中でゴワゴワの髪の子供を見た瞬間に、自分の息子だとわかって連れ去ってしまう。けれど子供は自分を〝魔物〟と思い、殺さないでと言って、村に帰りたいと泣き喚いた。……それほど堪えることはなかった。
そんなバックボーンを理解してもらう。
そしてシンキングタイムに持ち込む。
いくつか結果は用意している。もし決まらなかったら、どれかに誘導する。
話し合いは終わったようだ。
キャストたち、そして裏方で息を潜めているみんなも緊張していることだろう。
父さまがイシュメルに尋ねた。
「君はどうしたんだい? 村に帰って、何事もなく暮らしたい? それとも本当のご両親に会いたいかい? どんなことでもいい、望みを言ってみて」
父さまたち勇者ご一行は、イシュメルの思いを手助けしてやろうという、優しい結論を出した。
イシュメルは自分の意見を聞かれるとは思ってなかったみたいで、一瞬不安そうな気持ちが漏れたけど、役になりきって答えた。
イシュメルは弟たちの顔を順に見ていく。
「お、俺は……みんなで幸せになりたいんだ」
そう言ってから、イシュメルは伝えた。本当のお父さんとお母さん、会いたい気もするけど、村を取り潰すなんて酷い人なのだと思ったら会いたくない気もする。今までの村の暮らしも気にいっているけど、村の守りの木もなくなってしまって、このまま暮らしていけるとは思えない。自分をさらったと村の人たちが罰を受けたりするのも嫌だ。自分は村の人たちに育ててもらったから、と。
父さまは頷いた。そしてじゃあ、こうしようとイシュメルに持ちかける。
……父さまはさすが領主だ。考えがかっ飛んでいる。
場面転換。お城の中、王さま役のオスカーと王妃さま役のアイデラが、キンキンキラキラの衣装でゴッツイ飾りたてた椅子に座っている。
父さまは国に訴えようと言ったのだ。
訴えてそんなすぐに偉い人が会ってくれるわけないけど、そこはお芝居だから!
「騎士よ、訴えがあると申したのはそなただな、申してみよ」
オスカーが付け髭を触りながら促した。
「恐れながら申し上げます。森で3日間彷徨っていたところ、小さな村に行きつきました。守りの木で守られていた小さな村でした。それが少し前の嵐で雷が落ち、守りの木が割れて枯れてしまいました。それによって村は隠された存在ではなくなり、我々は生き延びることができたのですが。私たちの前に客がおりまして、その者は息を引き取りました。その者が意味深なことを言っておりました」
「ほぉ、なんと?」
「自分は10年前ある領のご子息を誘拐した。願いを聞いて貰えばすぐに返すつもりだったが、願いは聞いてもらえず、逃げることになり森に置いてしまったのだと。それからすぐに捨てたところに戻ってはみたけれど、赤子の姿はどこにもなかった。男は森を彷徨いながらずっと探していたそうです。青い髪の男の子を。
守りの木がなくなったからでしょう。男はこの村を見つけ、そしてさらった男の子が村人に拾われて、元気に成長した姿をみたのです。男はその子はタジオ領の領主の息子だと告げて亡くなってしまいました。私たちがご子息をタジオ領に連れていくこともできましたが、何を疑われるかわかりませんので、国に判断を仰ぎます。願わくば、ご子息を親元に返し、今まで育て上げた村人たちには、安らぎの居住地を与えて欲しいと思います」
オスカーはふむと言ったまま、考え込んでいる。
確かにこのパターンは考えていなかったと焦った時、アダムのナレーションが入った。
「王さまは思案されていました。なぜなら騎士の願い、子供を親元に返すことが不可能だったからです。1年前の流行病でタジオ領の領主たちは亡くなっていました。王さまは考えました。タジオ領には今臨時の領主を派遣しているが、領主の息子を育てていったらどうだろう、と。タジオ領主の顔を覚えていましたし、青い髪は見覚えのあるものでした。唯一の子供をさらわれて、領主一家は荒れに荒れました。酒浸りになり、何度もタジオ領の町や村から訴えが国に上がっていました。ただ税は納めていたので、そのままにしてきていたのです」
王さまオスカーが頷く。
「タジオ領のものはタジオ領に返そう。残念ながら、両親の顔はみられない。1年前の流行病で亡くなったからだ。領は今臨時の者を派遣しておる。ついて、領を治めることを学びなさい。成人した時に、能力が達していればお前をタジオ領の領主とする。お前を育ててくれた村人を一緒に連れていくといい。人が足らないと言っていたから、喜んで迎えてくれるはずだ」
帽子をとって胸に当て、一緒にきていた子供たちも顔を合わせて嬉しそうにする。
「さて、騎士たちよ。村と一つの領地を助けてくれたことに礼を言おう。何か望みはあるか?」
父さまは首を横に振った。
「私たちは妖精から〝宝〟をもらえることになっているので、それで十分です」
わたしは勇者ご一行にお辞儀をする。
「あの変なのは毎日泣き喚いてうるさかったのよ。息子がなんだの、返せだと。わたしの寝床を平和にしてくれてありがとう。これからよく眠れるわ」
お助け妖精の宝は万能な「願い事を叶える」なんだけど、こちらの勇者さまたちにはそれは必要なさそうだ。そんなバージョン用に作っておいた瓶を取り出す。
水魔法で鏡を作って、それを見せている間にまるでそっから出したように収納ポケットから取り出す。
ジャーンと掲げたのは液体の入った瓶。
「それは?」
「エリクサーよ。飲めば病気も怪我も一瞬で治る、特別なポーションなの!」
わたしは騎士たちに一本ずつ配った。
わたしが出した魔法のお水。体が良くなるおいしい水になあれって願いを込めておいたからね。
中身は水だとわかっているだろうけど、みんなちょっと嬉しそう。
「ありがとう!」
もう一度お礼を言って、風のカーテンを作り揺らしてその中に入るようにして退場だ。
2枚目のあげていた幕をおろす。場面展開だ。
最後は騎士たちとのお別れだ。
「騎士のおじさんたち、いや、勇者さま、俺たちを助けてくれてありがとう!」
「騎士でいいよ、勇者さまだなんて」
おじさんたちが頭をかいている。
「次々にいろんなことがわかって、どうしたらいいかわからなかった。真っ暗な夜に閉じ込められたような気がした。俺たちだけじゃ何もできなかった。でも勇者さまが道を示してくれた。これで俺たちみんなで新しい生活ができる。みんな一緒に! 光が差し込んだみたいだ」
「うん、朝日が差し込んだみたいに」
子供たちが集まってみんなで手を繋ぐ。そして勇者さまたちに大きく頭を下げた。
「ありがとうございました!」
最後のナレーションだ。
「そうして、子供たちと村人はタジオ領へと赴き、一生懸命、学び、働き、みんなで幸せにいつまでも暮らしました。、勇者さまたちに贈ってもらった〝夜明け〟をかみしめながら……。
これにて『夜明けの勇者』は終了です。皆さま、劇へのご参加ありがとうございました。心より感謝いたします」
パチ、パチ。
誰かの拍手がきっかけとなり、大きな大きな拍手となった。手を繋いだイシュメルたちは繋いだ手を上にあげて、またお辞儀をしと拍手にこたえる。
D組、Aグループの劇は拍手喝采のうちに幕を下ろした。




