第430話 囚われのお姫さま⑧影
「影?」
「血筋、姿、骨格、魔力、あらゆる面から殿下に似ている者。病弱な殿下の身代わりです。けれど、僕は身代わりになりきれなかった。毒を受け、彼は今も意識が混濁しています」
ジェイお兄さんが息をのむ。
「っていうか、聞いたのはこっちだけど、言っていいのかよ? すんげー秘密じゃねーの?」
ブライが勢いで詰めた。
「この部屋に秘匿の魔法がかかっているので、外部に漏れることはありません」
「私たちは知っていいということですか?」
ジェイお兄さんが確かめる。
「この件に介入すると決めた時に、気づかれるとは覚悟していました。けれど、ご自身のため、ご内密に。このことに気づいた者は、人知れず消されるでしょうから」
兄さまの、わたしを抱きしめる手に力がこもる。
「半分正解と言いましたね?」
ジェイお兄さんが尋ねる。
「ええ。2年前から表向き、僕が第1王子のふりをしています。狂わない〝第一子である王の第1王子〟として歴史に残すために」
…………………………。
わたしたちの反応を見てアダムは言った。
「さすが。ご存知なのですね、〝第一子である王の第一子〟が高確率で狂うことを」
兄さまはそれには答えず、質問を返す。
「……メロディー嬢は、あなたの正体をご存知なのですか?」
一瞬間をおいてから、アダムは首を横に振った。
「いいえ。年少時よりお会いしていたのは僕なので、気づいてはいないでしょう」
「ちょっと待ってくれ。メロディー嬢の婚約者という関係者なのはわかるけど、あんたメロディー嬢がこんなことするってわかってたってことだよな? それにメロディー嬢はフランツを傷つけたいってなんで? 想い人とか言ってたけど、メロディー嬢の想い人はロサ殿下だろ? 婚約者やってるあんたには悪いけど」
「いいえ、知っていましたから、お気遣いなく。……気持ちは変わりますよ。最初はブレド殿下が……殿下と親しいリディア嬢が入園してきて、リディア嬢に興味を持ったようです。そしてその婚約者のランディラカ先輩を知った」
「なんだよ、それ。メロディー嬢は今、フランツを思ってるってことか?」
ブライがひとりごちる。
「フランツを思ってて、自作自演で誘拐され、罠を仕掛けて、メロディー嬢は何をしたいんだ?」
ブライが両手を赤い髪に突っ込んで頭をかく。
「護衛をしている時にメロディー嬢が傷つけば、兄さまが傷つく……」
それが目的だと思っていた。
メロディー嬢を傷つけることが今回の件の物理的目的と思っていた。
あれ、でもその主犯がメロディー嬢本人なら、つまり?
「……メロディー嬢は自分で自分を傷つけるつもりだった?」
兄さまの顔が青い。わたしが言う前に思い当たっていたことだろう。
「それだけじゃないと思います。もし彼女が傷ついていたら、婚約者から晴れて外されるでしょうから、それも狙いかと。でも、先輩たちがそれを阻止してくれた。心から感謝申し上げます」
アダムは深く頭を下げた。
「そ、そこまでするもんか……?」
ブライが放心状態だ。
「あなたの目的はなんですか?」
兄さまが顔を上げて尋ねる。
「何事もなく収まること。僕が守れなかった殿下が望んでいたことです。これから生まれてくる第一子の王の第一子の〝狂わない〟希望になること。そんな最後の、狂うかもしれない王子の婚約者に選ばれてしまったメロディー嬢をせめても見守ること。それから、母である王妃さまがしたことの贖罪。特にシュタイン家とはしがらみがありました。ですからシュタイン家に目をかけていました」
「何事もなく収めるとは……これだけのことをして。いや、自傷の可能性があるなら尚更……」
「自作自演とは認めないでしょうし……、ランディラカ先輩たちが護衛でなくなれば接点はない。しばらくは大人しくしているでしょう」
アダムは微笑みを携えているけれど、絶対に思いを通そうとしている気迫は隠し切れてなかった。
「そんな危うい状態なのを、報告しないわけにはいかない」
兄さまが告げる。
「報告はしてくださって結構です。ただ、メロディー嬢は今後も何もなかったように学園に通うことになるでしょう」
アダムは笑顔のまま。
「……リディーを危険に晒すわけにはいかない」
兄さまの静かな声が通る。
「メロディー公爵家を突かないほうがいい。やぶへびになりますよ」
アダムが兄さまを見据えた。
「なんだよ、それ。フランツは探られたくないことでもあんの?」
ブライはヒョイっと兄さまを見て、叫んだ。
「あんのかよ!?」
アダムは知ってる……王族は兄さまの出生もつかんでいるんだ。
気が遠くなる。目を瞑って耐える。
「人は変わります。一度だけメロディー嬢にチャンスをください」
微かに兄さまの眉が動く。……そうだ。兄さまにだってメロディー嬢は特別な人だもの。幸せになってほしいと思っているはず。
「……私のことはどうだっていい。けれどリディーにもしもの……」
アダムがこちらをチラッと見た。
「リディア嬢は〝お遣いさま〟と話せるようですね」
え?
「僕は言ってないよ。君の無事を家族や学園に連絡していることを」
あっ。アダムはニコッと笑う。
「……お遣いさまの能力のひとつです。護るべき者と意思の疎通がはかれるようです」
兄さまがすかさずフォローしてくれる。
「いいでしょう。そういうことにして差し上げます。でも、新たな発見ですね。聖樹さまとお遣いさまの関係、お遣いさまと対象者の関係。口を滑らせたら調べたいと飛びついてきそうだ」
もふさまがわたしの膝に足をかけ、体を捻ってアダムを見た。
「僕はリディア嬢を害しません」
嘘つけ、今脅したじゃんか。
ふふふとアダムはおかしそうに笑った。
「大丈夫ですよ。もうメロディー嬢はリディア嬢を害そうとはしません。僕がそうはさせません。
メロディー嬢は自作自演の誘拐事件をでっち上げただけ。それに誘い出されて本当に彼女を害そうとするものを捕らえるためにね。でもそれは何ごともなく終わった。メロディー嬢を害そうとする者もいないのです。
リディア嬢はクラスメイトから行方不明になれば婚約者が出てくると唆され、実行し、婚約者が探しにきた。事実はそれだけだ」
そういうことにしておけば、あちらも追求はしないということなんだろう。
「よく心しておいてください。外でそれ以外のことを口走れば、王の意から外れる行いとして、制裁がくだされるでしょう。僕がするわけではありません。僕は陛下から第1王子に成り代わる打診を受けています。僕が〝影〟になったのは王妃さまとその親戚の企みごと。僕が一番よく似ていたからに過ぎません。僕の代わりもいますし、僕は見張られています。陛下、そして王妃さまのどちら側からもね。僕と接触した皆さまにはしばらく見張りがつくことでしょう。十分、お気をつけて」
「なぜ、王子と言い切らなかったんです?」
ジェイお兄さんが真面目に問いかけた。
「……ああ、そうすれば皆さん知ることもなく、極秘事項をうっかり口にして消されてしまうなんて可能性もなかったですね。これまた失礼しました。あはは、そうですね、第1王子だと言えばよかった。……本当にどうして、ですかね……?」
しばらく誰も声を発しなかった。
「あまり長くこうしていても怪しまれる。どうする、エンター子息の案にのるのでいいのか?」
ジェイお兄さんがまとめた。
兄さまが何も言わず、ジリジリした時間が流れる。
「おい、大丈夫か?」
ブライに尋ねられる。
動揺したからだろう、それに魔力暴走させそうになったから、頭がガンガンしている。
「……リディーは少しこのまま休んでいて。後で迎えにくる」
わたしに優しく言ってから、ふたりに尋ねる。
「ジェイ、ブライ。エンター氏の案にのる、でいいか?」
ふたりはこくんと頷く。
「フランツもリディア嬢もメロディー嬢も行方不明でみんなに心配をかけている。謝りに行かないと」
ジェイお兄さんが、もっともなことを言った。




