第418話 学園祭の意図(後編)
「おい、妖精A」
妖精Aってわたしの役名なんだけどっ。ちなみにダブルキャストのダリアは妖精Bだ。
イシュメルはこれから役名で、わたしを呼ぶつもりなのか?
イシュメルの方を向けば、彼は腕を組んでいた。
「お前、楽しんでもらいたいとか、言ってなかったか?」
え?
ああ、体験型劇の提案をしたときのことか。
「せっかく見にきてくれるんだから、楽しんでもらえたらと思う」
だって数ある学園祭の出し物から、わたしたちの劇に時間を使ってくれるわけだもの。見て楽しかったとか、見てよかったって思ってもらいたいじゃない?
でも、それだけではない。
「それと、わたしが楽しいのを、楽しんでいるのを伝えたいと思ったの」
「伝えたい?」
「お祭りっていえば感謝でしょ?」
「感謝?」
さっきからおうむ返しするイシュメルに、わたしは頷いた。
「秋祭りは収穫を喜び感謝して、また来年もって祈るものでしょ? 学園祭もお祭りだから」
ふぅと息をつく。学園に通えて、感謝することがいっぱいある。
「学園があること。学ばせてもらえること。みんなと会えたこと。わたしは感謝してる」
わたしは感謝していることを並べた。
「小さい頃、父さまから聞いたんだ。勉強はどこででもできるけれど、学園でしか学べないこともあるって。学園には同年代の子が大勢いて、教えることに長けている先生がいる。そこで勉強、そして勉強以外のこと。人との付き合い方、いろいろな考えがあること、力を合わせること、人を想いあうこと、そういうことを体験をして学ぶことができるって。それが学園なんだって。わたしそれを聞いた時、絶対学園に通いたいって思ったの」
乗り気ではなかった兄さまも、次の年に通い出した双子も、とても楽しそうですっごく羨ましかった。
「……それなのに試験日に遅刻することになって、入園そのものもギリギリだったし、その後も寮母さんとのこと、誘拐といろいろあった。学園内で誘拐されるようなことになったのは、聖樹さまの守りが弱くなったからで。それがもふさま、ええとお遣いさまをわたしに遣わしたからじゃないかって言う人もいるみたい。あ、聖樹さまの守りは前より強くなったと魔法士長さまが断言されたそうだから、安心して。ま、そんなふうにいろいろあって、ことあるごとに心配をかけている家族から、学園に通わなくてもいいんじゃないかって言われてる」
誰かが息をのんだ。
「だからね、今もこうして通えていることが、わたしとても嬉しくて楽しくて感謝しているの。楽しく学べているのは先生たちのおかげだし、毎日が楽しいのはみんなのおかげ。こうやって通わせてもらっているのは家族のおかげ。学園祭というお祭りをみんなが見に来てくれる。わたしはそこで感謝を伝えたい。家族にも先生にもみんなにも。わたしこんなに楽しいからって。それを見せて感謝したい。楽しいのを伝えたいと思ったの。だから、劇を見に来てくれた人には、それが伝わって楽しくなってくれたらいいって思う」
みんながわたしを見ていた。とても真摯な眼差し。シーンと静まりかえってる。あれ、なんかまずかった?
〝ご清聴ありがとうございました〟って言わなきゃなぐらい厳粛な雰囲気になっている。
「リ、リディア、辞めちゃわないよね?」
レニータが恐々言った。
「わたしは辞めたくないと思ってる」
でも今度また危険なことが起きたら、わたしだけでなく周りを巻き込むようなことに発展しそうなら、そうも言っていられなくなるだろう。
コトが起こる原因のひとつが、わたしに巣食う呪いの欠片だとわかってしまったから、余計に。
だから、いつも、精一杯で挑むことを決めた。
いつ、この楽しい生活に終止符が打たれても、後悔することのないように。
「でも、何それ、お遣いさまを遣わしたから、守りが弱くなるなんて言う人がいるの?」
憤るジョセフィンに頷く。
「うん、先生たちが対処してくれたみたいだけどね」
わたしは机の上にお座りしている、もふさまを撫でた。
「……感謝か。お祭りにぴったりだね」
レニータが笑った。
「豊穣祭は、そういえばそういう趣旨だな」
ドムが頷いている。
「そうね、私たちが学園に通えているのも、出会いも、感謝しかないね」
ウォレスの真っ青な髪が、窓から入ってきた風に優しく揺れる。
「見に来てくれた人に、感謝を込めて」
「今、俺たちが楽しいってのが、伝わればいいな」
「楽しいが伝染」
「あ、それいいじゃん、〝楽しいを伝染〟」
「よし、指針はそれで行こうか、いいかな?」
スコットがまとめると、みんなからはーいという同意の声と拍手が起こった。
何せ体験型なので、練習するのも難しかったが、案を出し意見を取り入れて、考えつくことはいろいろやっていった。
わたしが思い浮かべていたのは、前世の夢の国、某ねずみランドのキャストたちだ! 楽しませることのプロフェッショナル。
わたしは心意気を熱く語った。楽しませようと思ったら、時には〝自分〟を捨ててでもやり切るのだ、と。もちろんわたし自身もだ。って、妖精がどういうものか知らんけど。
最初は恥ずかしさが前面に出ていたキャストたちも、最後の方には、なんとしても体験者たちを話の筋書き通りに誘導するのだと気迫が身についていた。




