第413話 初陣①ウォーミングアップ
「なんか、算術、苦手だったけど、楽しいかもって思えた」
「私も!」
「私も」
次の魔法戦の授業のため更衣室へ急ぐ。算術の授業の感想を言い合いながら、足早に廊下を歩いた。
「そういえばリディアのノートがチラッと見えたんだけど、不思議な記号を書いていたね?」
「不思議な記号?」
レニータのすっぱ抜きにみんなが飛びつく。
「ああ、和の記号とか書くのに時間かかるから、自分のノートでは簡略化した記号にしているの」
みんなの目が丸くなってる。
「時短よ。面倒くさい時あるじゃない?」
「へー、リディアって面白い。確かに和の記号はいくつトゲトゲさせたかわからなくなる」
キャシーに賛同しかない。そうなんだよ。5つの突起がある10角形の星形を平たくしようと思うと、何回尖らせたかわからなくなって、時々12角形とか14角形になったりしちゃうんだ。
「で、どういう記号にしているの?」
「え、えーと。横棒書いて、その真ん中あたりに垂直に縦の棒を描いてる。2画よ。これなら早いでしょ?」
ジョセフィンが指で空中に〝プラス〟を描いた。
「こういうこと?」
「そうそう」
「わー、和の記号より早い、これいいな。私も真似していい?」
「もちろん、どうぞ」
「へー横縦か。楽だね。これ、名前あるの?」
「え?」
「和の記号だろうけど……」
わたしはレニータに答えた。
「あ、う、うん、わたしは〝プラス〟って言ってる」
「プラス、か。なんかいいね。秘密の暗号みたい!」
「……暗号か」
「どした、リディア?」
「もう2学期だし、魔法戦にも力を入れていかないとだよね」
「あ、そうだよね!」
「その時にね、その暗号というか、D組だけで通じる何かを作ったらどうかな、と思ったの」
「それ、いい!」
「なんか、ドキドキする」
「楽しそう!」
わたしたちはキャッキャと騒ぎながら、更衣室目指して歩いて行った。
「シュタイン、ちゃんと走れ!」
走ってるってば。
『なにゆえ走る時に顎をあげる? 苦しくないか?』
もふさまが欠点を軽く刺してくる。
顎をあげようと思ってしてるんじゃないってば。
やっとウォーミングアップのトラック3周が終わる。またしてもわたしがビリだ。
座り込みたいけど、そうすると立つのが億劫になるから我慢する。荒い息を整えた。
「いいか、全て体力が基本だ。魔法メインで戦うものも、いざというときに体力がなかったら思うように戦えない。基礎体力をつけておかないときついぞ」
主にわたしに向かって言ってるね。
でも確かにその通りで、体力はないとまずい。
今日は景気づけに(どこらへんで景気づけしなくちゃいけないのか意味がわからないけど)A組対D組で魔法戦をするという。
先生からのアドバイスは一切なし。魔法戦の基本や組み立て方などは1学期に教わった。それを自分たちで戦略をたてやってみろとのことだった。
ルールに則って、いきなり試合だ。
魔法戦といっても、魔法だけで戦うことを指すわけではなく、魔法も交えた戦い方のという括り。魔力は使えば減っていくので、戦いは武力が主だ。
魔法も火は禁止されている。普段の授業の魔法の威力を見て決めているみたいだ。
ショートソードを模した木刀が配られる。これは学園で開発されたスライムの特殊な粉がついていて木刀のある程度の面積が体に当たったり、長く当たった場合、突いてダメージを与えた場合と粉が噴出するそうだ。その粉は赤く血が出たように広がって染まるという。つまり、見た目でそれは動けなさそうなほどの赤に染まっていると判断された場合は〝動けない判定〟で棄権することとなる。
陣地と大将を決めるように言われる。大将は帽子を被り、大将の帽子を取るか、相手の大将に「参りました」と言わせるか、相手側全てを棄権に持ち込んだら勝ちだ。
15分間、作戦会議の時間を与えられた。
大将はわたしになった。クラス委員だからだそうだ。まあ、なんでもいいや、反論している時間がもったいないから。
わたしたちはみんなが覚えていた〝一の陣〟の陣形で攻めることにした。
陣地を決め、一番奥が大将で、その前に三角の形に味方を配置する。
半分は敵陣地へと突撃だ。
戦う時間は15分。印象としては結構長い。
「いきなり試合なんて不利よね」
「私たちが貴族のクラスに勝てるわけない」
アンナとマリンがネガティブなことを言うと、一瞬にしてみんなシュンとしてしまった。
「ちょっと、何よそれ。やってみなくちゃわからないじゃないの!」
アイデラが鼻息も荒く言う。
「今までの授業でわかってるじゃない。武力でも魔法でも私たちAクラスより劣ってるわ」
「試験を思い出してよ。私たち、みんないい点だった。Aクラスの子より上にもなったわ」
メランがみんなの気分を盛り立てるように言った。
「そうだけど……。あれは試験があるってわかっていたから頑張れたのよ。この戦いはいきなりだもん、無理よ」
「今回は試合だけど、本当の戦いは前もってわかるものじゃないと思うわ」
もっともなことを言ったのはレニータで、ただその正論はさらに場の雰囲気を悪くした。
「私、勝ちたい」
みんな驚いてキャシーを見る。彼女は引っ込み思案で、常に一歩下がっていて、意見も自分からいうタイプではない。それなのに〝勝ちたい〟だなんてキャシーの口から出てきたのでびっくりした。
「キャシーが自分から言うのは珍しいね」
ジョセフィンがみんなの思っただろうことを口にする。
「私、自信を持ちたいの。夏休みに家に帰った時、試験の結果をとても喜んでもらえて、入園前と全然違うって言われた。おどおどしてないって。私、いつも怖いの。おどおどしている自分もわかっているし、それも嫌だった。でもそれはどうにもならないと思っていた。それがね、試験を頑張って、それが結果として出たら、少しだけ自信が持てたみたいなの。どうにもならないことじゃなくて、自分が変われば変えていけることがわかった。私、もっと自信を持ちたいの!」
そう顔をあげたキャシーは、凛としていてとてもきれいだった。
わたしはキャシーの肩に手を置く。
「わたしも勝ちたいわ」
「私も!」
「私も」
キャシーと同じ気持ちだと伝えれば、みんなも口々に勝ちたいのは勝ちたいのだと言い出した。
ネガティブ組はバツが悪そうにしている。
「そりゃ私だってできることなら勝ちたいわよ。でも難しそうに思えてあんなこと言っちゃったの、ごめん」
「そうよね。やるだけ、やらなきゃよね」
ふたりは謝った。
「でも、私たちの魔法はA組より劣るわ。ご、ごめん、士気を落としたいわけじゃないんだけど」
アンナは言い切ってから、上目遣いにみんなを見る。
「確かに劣るところはあるけど、強みもあるよね?」
「強み?」
みんながわたしの言葉に期待の目を向けた。




