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【コミカライズ決定】プラス的 異世界の過ごし方  作者: kyo
10章 準備が大切、何事も

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第411話 数式と感情(前編)

 薬草学の実習ではイシュメルが静かだった。魔物が顔に張りついたのもトラウマなら、思春期真っ只中に、びびりまくった悲鳴をあげてしまったことにもまた、ダメージを受けているのだろう。お気の毒に。


 こちらもAをもらえた。植物だけでなく、動物性の何かを混ぜるときは工程が多くなる。宿題では手順通りにやったものの、その工程の意味がわからなかったけれど、今回の実習で教えてもらえたので理解が深まった。

 動物性の何かを入れると、色も匂いも口に入れるのは憚るようなものになるので、これはなんとかならないのかなと思う。口に入れた時点で吐き出しそうだ。せめて苦味を弱くしようと、蜂蜜と一緒にすると効果が消えてしまうことが、多々あるらしい。だから飲みやすくするには酸っぱくするのが一般的だという。

 薬を飲むということは、どこかしら具合が悪いからだ。それなのに……苦酸っぱいのを飲むことになるなんて、どこまで苦行なんだ。


 実習三昧だった、週の始まりの日を終えた。

 放課後はクラブに行った。学園祭の時、部室をどう飾りつけるかの話し合いがあったので、パスすることができなかったのだ。だから、その日は図書室には行けなかった。




 次の日の1限目は〝算術〟だった。

 夏休みの宿題は提出したものの、音沙汰がなくて居心地が悪い。問題集ではない方の課題は、算術なのに答えがはっきりしないところが、わたしを憂鬱にさせた。


 と思っていたら、授業が始まるとすぐに、宿題が手元へ返された。けれども評価の赤字がない。何も書いていない。受け付けてさえ、もらえなかったってこと?

 えーーーと思っていると、先生が言った。


「課題のみんなが美しいと思う数式が良いものだったので、それぞれに発表してもらおうと思う」


 えーーーーーーっ。

 みんな頭を悩ませたようだと、先生は楽しそうに笑っている。

 廊下側の子から順番に発表させるようだ。

 それぞれの解釈はなかなか面白かった。

 習ったばかりの数式で、見た目がこれが一番きれいに見えたから、で押し通す子もいたし、数式の概念に美しさを見い出す子もいた。


 印象に残ったのはダリアの答えだった。


「私の好きな数字は7です。それはうちが7人家族だからです。だから7という数字があると嬉しくて、私には美しくも見えます。1足すことの6は7、8から1を引くことの7、7となる数式は私にはどれもとても美しく思えます」


 他の子と同じように、発表が終わるとみんな拍手する。少しだけ他の子より力が入っていたと思う。


 ちなみにこの世界の〝足す〟和の記号、前世でいうプラスは、星のマークを天地両方から力を入れて潰したような記号を書く。減する〝引く〟は横棒線で前世のマイナスと同じ。掛け算の記号はアスタリスクのマークと同じ。割り算の記号は横棒に左上から右下に斜めの線を混じえたもの。イコールはイコールで同じだ。わたしは自分のノートではついつい前世の記号を使ってしまう。


 わたしの前に発表した隣のアダムは、兄さまのようなことを言った。


「僕には美しいと思える数式はありません。それが答えです」


 先生をまっすぐに見て。

 先生は表情を変えずに、その答えにも拍手をした。みんなもつられて拍手をする。そしてとうとうわたしの番になった。


「わたしには数式が美しいという感覚はわかりません。美しいはわからないけれど、好きだなと思うものはあるので、それを挙げようと思います」


 わたしの宿題の答えは言い訳みたいになった。


「0掛け合わすことの8は0。何もないところに何かを掛け合わせても0、何もない。この潔さしかない数式が好きです。それと、1足すことの2は3。足すとその分だけ増えるというところが好きです」


 パチパチと拍手をもらう。

 すっごく考えたんだけど、美しいと思うものはわからなかった。

 メルビンが手を挙げた。先生が促す。


「俺のには評価がついていませんでした。これは受け付けてもらえなかったってことですか?」


 メルビンも? いや、メルビンが質問したことへの反応からしてクラス全員そうだった?


「それについては、今から説明する」


 発表する生徒の位置により移動していた先生は、教壇の前に戻っていく。机の前に立った。


「みんな頭を悩ませたようだな。それぞれに課題に向き合い、それぞれが答えを出した。それが素晴らしかった。このクラスは特に、考え方がみんな違っていて面白かった。よって、こちらの課題の評価はみんなAだ」


 喜びを声に出す者、ほっとする者、反応はいろいろだ。


「先生!」


「アマディス、なんだ?」


「〝正解〟はなんだったんですか?」


 先生はふっと瞳を和ませた。


「この課題の正解はひとつではない。みんながそれぞれに出したのが正解だ」


 ま、美しいなんて、人によって思うことは違うもんね。


「算術とはなんだと思う?」


 先生はみんなの顔を見渡した。


「数について、演算についての学問、そう思っているのではないかな?」


 そうじゃないの?


「何かを買う時、数字を使い何かを導き出す時、そんな時にだけ算術が必要だとは思っていないかな?」


 先生はなんだか、いきいきしていた。


「でもそれだけじゃないんだ。仮定した数式を解く。そうして理論の構築を証明することもできる」


 みんなの頭が微かに右や、左に傾いた。


「数式を解くことで、証明できて解決できることもある。それを覚えていて欲しい」


 数式を解けば〝答え〟が出る。答えが出るから解決できるってこと?


「みんなも美しいと思う感情を、持っているはずだ。実はそう言った感情も行動も、算術で表わし計算することができる」


 感情を算術で表す? 


「では、ダリアの回答を、先生が数式にしてみよう」


 そう言って真っ白のチョークで書きつけていく。


||ダリア||

好きな数字=7=家族の人数

美しい数式⊂好きな数字の入った数式=7⊂数式


絶対値、ダリア。ダリアの場合ということだろう。

こちらの絶対値の記号は縦の二重線だ。

好きな数字は7で、それは家族の人数であるから。なるほど。

アルファベットのUを横にしたのは……含むという記号かな?

美しい数式は好きな数字の入った数式に含まれそれは7を含む数式と等しい。

本当だ。ダリアの美しいと思う数式が、数式で表されている!


 先生が黒板に書かれた数式を解説する。思っていたのと同じだった。


「先生はみんなに美しいと思う数式と、その理由を挙げるよう課題を出した。みんなは感情と算術を結びつけた。先生はダリアの理由を、新たに数式にしてみた」


 先生は黒板を軽く叩いた。


「夏休みの美しい数式を求める課題は、身近なことと算術を結びつけるのが目的だった。みんなそれぞれに答えを出した。感情と数式の関係を体験した。そんなふうに、日常の中にはいつでも取り出せる数式が存在している」


 先生はこちらに背を向け、黒板にaA、aB、aC、aD、aE、aF、aG、aH、aI、 aJ、aK、 aL aM、aN、aO、aP、aQ、aR、aS、と一列に書きつけた。

その下に、bA、bB、bC、bD、bE、bF、bG、bH、bI、 bJ、bK、bL 、bM、bN、bO、bP、bQと記した。

 深緑色の黒板に白い文字が並んだ。


「これは、このクラスのことを表してみた。厳密に数式にするには条件が違ってくるが、今は頭の中を柔軟にする練習だ」


 この羅列がクラスのことを表している?


 aと合わせたAからSまで19個の文字。

 下はbと合わせたAからPまで17個の文字。


「意味のわかった者は手を挙げて?」


 数人の手があがった。えー、この文字列の意味がわかったの?

 このクラスを表す? わたしは黒板の文字列をもう一度見た。


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