第407話 オババさまの占い⑤〝我のせいだ〟
『我のせいだ』
「え?」
『我は呪いも、光魔法で浄化できると思っていた』
わたしはもふさまを抱きあげて、ふわりと抱きしめる。
「浄化できたよ。母さまの呪いを浄化できた。わたし、あの時母さまを亡くしていたら、どうなったかわからない。エリンとノエルにも会えなかったことにもなるし。母さまの呪いを浄化できたこと、それがどんなことを引き起こすとしても、わたし後悔はないよ。呪術だと教えてくれて、助けてくれたもふさまに、感謝しかない。それにもふさまがいてくれたから、わたし生きてこられた。もふさま、いつもありがとう。本当にありがとう」
もふさまがスタンと、わたしの手から床へと降りる。そしてブルッと身を震わしてトラサイズの大きさになった。
『いつもリディアを護るといいながら、我はちっとも護れていない。まだほんの子供のアリやクイさえ役に立とうとして、役立っているのに。人族に肩入れできないゆえに、我はリディアのためにならない。呪術のことも中途半端にしか知らなかったし、人族の思いもよくわかってないようだ』
うなだれている。耳がペシャンコだ。
「地下の主人さまから言われたことがあるの」
『地下の護り手から?』
わたしは頷いた。
「護り手は聖なる方から護りを預かっていて、何より大切なことは、自分なら地下の護り。地下を護るために、ある者にとっては非道となることもするだろう、って。もふさまでいえば、森の範囲は広いから人には肩入れできない。人族だけに、何かだけに肩入れできないように、護り手の気持ちの形は特別製なんですって。だから齟齬は必ず出る。それに耐えられないと思うなら、もふさまから離れるべきって」
『地下の奴……』
「地下の主人さまだけじゃないよ。空の主人さまからも、海の主人さまからも、同じようなことを言われた。みんな、もふさまを心配してたよ。人族と一緒にいると、もふさまが守られている側と気持ちの形が違うことで、傷つくことがあるんじゃないかと。……そうなっちゃったね」
もふさまが顔をあげるから、にへらっと笑う。
「でもね、何かして欲しくて一緒にいるわけじゃないよ。森の護り手であることを誇りに思い、役目をまっとうしている。それでいて、優しくて気高くて、もふもふで、強くてあったかくて、もふさまの全部が好き。一緒にいたいから一緒にいるの」
『我の全部が好き?』
「そうだよ。もふさまが生まれてから思ったこと、してきたこと込みで、丸ごともふさまが好きだよ」
大きなもふさまを抱きしめる。
『リディア、……我はリディアと出会う前に記憶をなくしているのだ』
え? 腕を緩め、もふさまを見た。
「記憶を? 怪我したの?」
大きな傷痕はないと思ったが、記憶をなくすようなことがあったのなら、大きな怪我をしたんじゃない?
もふさまは迷子のような目をして、微かに首を傾げた。
『怪我はしていないと思う。ただ……。聖なる方や他の護り手たちの言葉を鑑みると、我は以前も人族とかかわりを持ったことがあるようだ。そして何かがあった』
「何かが?」
もふさまは頷く。下を向き、言いにくそうにして。
『わからないが、利用されそうに……、信じていたものに騙されたのだと思う』
「信じていた者に?」
『夢に見る光景がある。桃色の髪を長く伸ばした少女が泣いている。我はそれを見ると胸が痛くなる。夢と護り手たちの言葉で導き出した推測だが、我はその桃色の人族と懇意にしていた。けれど騙されたのだろう。それで記憶を封印した。恐らくそういうことだと思う』
思わず抱きつく。
「……ごめんなさい」
『何がだ?』
「人族がひどいことをして」
『い、いや、はっきりしたことではないし、それにリディアが謝ることではない』
「……それなのに、人族を嫌いにならないでいてくれてありがとう」
『人族を嫌いにならないで?』
「傷つけられたのに、もふさまは人族のことも好きでいてくれてる。最初に会った時からそう思ってた。もふさまは人族と触れ合ったことがあって、いい思い出があったんだと」
頭に大きな雨粒でも落ちてきたのかと思って顔をあげると、もふさまの深い緑の瞳の縁に水がいっぱい溜まっていた。
たまらなくなって、もふさまをぎゅっとする。
「もふさまは優しい。傷つけられたのに、いい思い出のままなんだ。だからわたしのことも助けてくれた。人族なのに、一緒にいてくれた」
『……我は優しくなんかない。そして我も同じだ。リディアと共にいるのは、リディアといると心地よく、楽しく、……リディアのことが好きだからだ。友達だからだ』
もふさまにぎゅーっと抱きつく。
日向の匂い。いつも隣にいてくれた。一緒に過ごしてきた。
呪いが発動しなかったことだけでなく、わたしはもふさまの存在に、今までもずーっと救ってもらってきた。
『なぁ、リディア?』
「うん?」
『地下の護り手たちから、我と離れるべきと言われて、なんと答えたのだ?』
「え、嫌ですって。もふさまがわたしを嫌いになって、一緒にいたくないと言われたならともかく、わたしから離れたがることはありませんって」
もふさまは固まっている。
「友達は誰にも引き離せないよ。お互いの気持ちが変わらない限りはね。だから、そう言ったの」
もふさまが笑い出した。
え?
『聖なる護り手に意見したのか。それも地下の護り手に! 人族は……リディアは本当に愉快だ』
気持ちよさそうに笑っている。何がツボに入ったのかはわからないが、少し安堵した。
もふさまがひとつ息を吐いた。
それからわたしに視線を合わせる。
『……迷っているようだが、母君以外には伝えたらどうだ? お前は今までもそうしてきただろう? それでみんなに助けられながら今まで生きながらえてきた。だから、このことも話すとよいのではないかと思う』
「……そうだね。わたしも、そう思う」
わたしはにっと笑って見せた。




