第402話 巻き込まれ
『あの娘だ』
もふさまから教えてもらわなかったら、飛び上がっていたかも。
先輩たちと別れて寮へと向かう途中、花壇横にアイリス嬢が屈んでいたのだ。
低いところから手を伸ばして引っ張るから、わたしは地面に尻餅をついた。
「リディアさま、ごめんなさい。けれど、こちらに」
花壇の奥へと、連れて行かれる。
「どうしたんですか、アイリスさま?」
「声を小さくしてください。逃げても逃げても振り返るといるんです!」
ああ、フォルガードの王子か。
なんでホラーチックなの?
一瞬笑いそうになったが、もちろんアイリス嬢は真剣なので、わたしは笑わないように気をつけた。
「アイリスさまに、ご執心みたいですね」
アイリス嬢は拗ねた目をする。
「わかってらっしゃるクセに。あの方はあたしではなく、聖女候補に興味があるだけですわ」
少し寂しそうな目をする。
「それより、やっぱり、リディアさま、すごいですわ!」
興奮を抑え切れないというように、わたしの手をとる。
「自分の関係する未来しか見えないって言ったら、リディアさまが〝秘訣〟を教えてくださいましたでしょう? 〝あたしの未来を〟としか思っていなかったけれど、リディアさまの助言で何かしらの関係性を持つようにして、ギフトを使うようにしたんです。関係性を持つためにその場所に行ったり、話して〝知っている〟人となるのは手間はかかりますが、成功です。正しくはあたしの未来ではないのに、一度関われば、あたしの未来に含まれるようです。こうやって情報が集まると楽しくなってきましたわ!」
やっぱり!
ギフトは自分の記憶、経験で広げることができるんじゃないかと思ったんだ。わたしの〝プラス〟みたいにね。
薔薇色の頬って、こういうのをいうんだろうなぁ。アイリス嬢が輝いて見える。
「それで少し、わかったことがありますの」
「なんです?」
わたしは前のめりになった。
「おやおや、アイリス嬢、こんなところで女生徒と逢瀬ですか?」
わたしはあまりに驚いたので、アイリス嬢と一緒に淑女にあってはならない、〝悲鳴〟と呼ぶにも品のない〝叫び声〟をあげていた。こともあろうか、他国の王子に向かって。
もふさまは、悲鳴をあげたわたしたちに、驚いたようだった。
フォルガードの王子殿下と護衛さんは、忍び寄ったのではなく、ごく普通に歩いてきていたので、わたしたちも普通に気づいていると思っていたそうだ。
「こ、これは驚かせたようだ、失礼」
いや、笑ってるよね?
「それにしても、こんなところに隠れるようにして……そして驚きっぷりからいって、何か人には言えないようなことを話していたのかな?」
アイリス嬢は不敵に笑った。
「殿下、その通りですわ。乙女の内緒話ですの」
「それは、ますます気になるなー」
「乙女の秘密にかかわろうとするなんて、マナー違反ですわ」
相手は王子殿下なのに、アイリス嬢、強いな。
「アイリスさま、殿下はアイリスさまに用事があるのでしょう。先程の話、また改めて聞かせてください。わたしは退散いたしますわ、ご機嫌よう」
立ち去ろうとすると、アイリス嬢に腕をつかまれる。
「リディアさま、お待ちになって。殿下、あたしに用事ですの? なんでしょう?」
アイリス嬢が、つかんだ腕を離さない。
「休息日に町を案内してくれないかな?」
おお、デートのお誘いですな。
「そういうのは親しいお友達に頼んでは? あたしは殿下と親しくもありませんし」
「親しくなりたいから誘っている」
おお、直球だね。
「……殿下は聖女候補に興味がおありで、親しくなりたいのですよね?」
「聖女候補であるアイリス嬢に、興味があるんだ」
「休息日は、お勤めもありますし……」
「あ、噂の占い師を知ってる? 予約を取ったんだ」
「え、予約? そんなことできますの? それに、もう噂が立ちすぎて、毎日場所を変えていますのよ?」
殿下はにっこりと笑った。
「立場を利用して、金を積んでね」
身も蓋もない。けれど、アイリス嬢の気を引くことには、成功したようだ。
かなり乗り気になっている。だって前に乗り出したもん。
「あたし一人じゃ行きませんわ。リディアさまと一緒でしたら考えます!」
をい、わたしを巻き込むな。
「アイリスさま、わたし学園以外の外出を、禁止されていますの」
「え?」
アイリス嬢の顔が驚いたというより歪んだ。なんかその、体よく拒否られたと思って、傷ついたように見えた。これは居心地が悪い。わたしは嘘じゃないんだとわかってもらえるように、言葉を足した。
「誘拐に巻き込まれたこともありますし、領地では乗っていた馬車が襲われました。家族がとても心配していて、家族と一緒にしか外出できないんです」
大きな瞳がますます大きくなり、小さな形のいい唇も、驚いたようにかわいく開いた。
「まぁ、馬車を襲われた? ぶ、無事でよかったですわ……」
「それなら心配ないよ。立場を利用してしっかり守ってもらうから。シュタイン嬢も一緒に」
「いいえ。ありがたいお話ではありますが、襲撃犯は捕まえたものの、背景までよくわかっておりませんの。また狙われることがあるかもしれません、それに誰かを巻き込みたくないのです。ですから、わたしはご一緒できません」
「……我が国の護衛は強いから、心配しなくていいよ。それに巻き込まれて怪我をするほど、か弱くはないしね」
殿下が不敵に笑う。
いや、そういうことじゃないんだと話そうとしたけど。
「リディアさま、王族の守りなら完璧ですわ。あの百発百中の占い師ですのよ? 現れる場所も神出鬼没で、この機会を逃したら、2度と会えないと思います!」
彼女は、わたしの手を握りしめた。
あなた、星の位置で占うより確かな、未来を見られるギフトがあるでしょう?
「それに、あたし、女の子の……お友達と、一緒に街を歩くのが夢だったんです」
目がキラキラしている。普段からかわいいアイリス嬢がもっとかわいくなり、殿下も護衛さんたちもアイリス嬢から目が離せないでいる。
王都に出てきたのは、聖女候補で教会に守ってもらうため。日々、お勤めなどもあり、自由に過ごせる時間も少なかっただろう。お腹の中でどう思われていても扱いは〝聖女候補さま〟。友達も作りにくかったことが予想できる。
「シュタイン伯の了承を得られれば良いか?」
ダメ押しにアイリス嬢が、キラキラした瞳で見上げてくる。
ヒジョーに断りにくい。
「……はい、父の許しが得られましたら……」
父さまは渋ってみせたようだが、国は違うといえど王族だ。もふさまが一緒なことと、わたしのことも守る条件で、休息日は殿下とアイリス嬢とお出かけをすることになった。




