第394話 コンサートとメッセージ(後編)
何曲か題名当てをして、会場が一体化したところで、みんなのよく知っている曲を披露した。
豊穣を喜ぶ俗歌で、知っている曲だけにみんな喜び、メロディーを口ずさんだりしている。
お次は前奏曲のアレンジだ。馴染みのない曲だろうに小さな子供たちも静かに聞いてくれて、終わった時には大きな拍手をもらった。
母さまが真ん中に進み出て、お辞儀をする。
そして音に声をのせホールに響かせた。独唱だ。マイクなんてものはないのに、ホールいっぱいに声は響いた。聖歌だ。光魔法を使っているんじゃないかと思えるぐらい、なぜか力が満ちてくる気がした。
こちらも割れんばかりの拍手。
うわー、とうとうわたしの番だ。
鉄琴のある定位置に戻る前に、母さまがわたしの肩に手を乗せていく。
エールを受け取り、わたしは息を吐き出した。
ハープの音色が好きだ。天上の竪琴と愛称をつけた人は天才だと思う。まさに祈りを届けてくれそうな気がする音。
チラリとギャラリーに目を走らせれば、兄さまをみつけた。思いを込めて歌うから。
……証に あなたを守らせて
いつもあなただけが かっこよかったね
いつ会えるのかと思うと 胸が痛くなる
余韻を残して弦を押さえると、パチ、パチと間の開いた拍手が少しずつ早くなり、いつの間にか大きな音になり、長く続いた。
立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
兄さまと目が合った。複雑な表情をしていたけれど、小さく頷いてくれた。
それからも順調に曲を奏で、コンサートは大盛況だった!
家に帰ってから、兄さまに散歩に誘われた。
もふさまは、家にいると言う。
ふたりで手を繋いで歩く。兄さまは話があるから外へと誘ったのだと思ったけど、川原についてもしばらく話さなかった。
夕方になり風は涼しくなってきたけれど、やっぱりムシムシしている。わたしは手を川の水に浸した。こうするとちょっと涼しい。
「あの弾き語りの曲、リディーが作ったってエリンが言ってたけど、そうなの?」
頷けば、
「歌詞も?」
と尋ねられた。
「そうだよ」
ちょっと、恥ずかしい。水から手を出して、手を振り水気を切る。
「リディーは、前世から……好きな人がいるの?」
「え?」
そりゃ前世で好きな人はいたけれど、それはそれ、今とは人生が違う。
「どういう意味?」
「2度と会えないって意味の歌詞だよね?」
「ああ、それね」
そういえば、最初は母さまにも心配されたんだっけ。
わたしに前の生の記憶があることを、家族はみんな知っている。そのわたしが〝遠いところに行ってしまった〟とか〝いつ会えるのか〟と切なげなことを言ったから、意味深に取られたのだろう。
「あれは、物語の主人公の心情を歌にしたからそうなったの」
「物語?」
兄さまがスットンキョーな声を出した。
「でもその物語に閉じ込めたのは、置いてけぼりになりたくない、わたしの想いなんだと思う」
「……リディー」
「兄さま、いつもかっこいいけど。かっこよくなくていいから、わたしを置いて行かないで」
一歩、二歩と兄さまが歩み寄ってきて、引き寄せられる。
「置いて行かない」
「絶対だよ?」
胸の中で念を押す声はくぐもっていた。
「……3日後には王都だね」
「うん。クジャク公爵さまのおかげで、こんなギリギリまで領地にいられたんだもん、感謝しなくちゃね」
「そうだね。……学園が始まったら、私は3日に一度は令嬢の護衛をすることになる。その日はリディーと会えないし守れない。学園は聖樹さまの守りが強くなっているし、主人さまが一緒だから大丈夫とは思うけど、くれぐれも気をつけて」
「うん。気をつける。それにパスポートがあるから、いざとなったら聖樹さまの空間にいつでも逃げ込めるし」
「パスポート?」
わたしはひとつ頷いて、収納ポケットから葉っぱを呼び出そうとして愕然とする。
「どうしたの?」
「せ、世界樹の葉ってなってる」
リストアップされた名称が〝世界樹の葉〟だ。
「え?」
「聖樹さまって世界樹だったんだ」
「世界樹って、天を支え、地に根を張り巡らして、世界全てに通じるって言われてる? 世界樹そのものが世界なんだと説がある、あの世界樹?」
「わたしも、そう聞いたことがある」
前世で読んだ記憶かな?
でも、それが学園にあって、学園のシンボルってどういうこと?
あ、瘴気を封印している魔法陣。聖樹さまもポイントのひとつなのかもしれない。
わたしたちはそう話し合った。そうか、聖樹さま世界樹だったのか。
その葉っぱ持ってるって、なんか凄いことのような気がする。
兄さまに手を差し出される。
「あと3日、何したい?」
「1日、ううん半日でもいいからダンジョン行きたいな。もふもふ軍団がいないときに悪いけど、素材がいろいろ尽きそうだから」
一瞬、まだ終わっていない宿題のことが頭をよぎる。学園が始まる前にあの量を終わらせられるのかな?
「いいね。エリンとノエルは希少スキルを持ってるって自覚が出てきて、危機感も芽生えてきたみたいだし、今度の誕生日には秘密ごとをなくせそうだね。アオもその頃には帰ってきてるだろうし、そしたらふたりを登録してもらって、ミラーダンジョンにみんなで行こう。明日はアランとロビンと私たち、それから主人さまで行こうか」
「そうだね。生クリームと、海の階は絶対行きたい」
「ロビンが27階に行きたいって言ってた」
「27階? ああ、ロビ兄のお気に入りだもんね」
上の双子はいろいろ悩んでいたみたいだから、1日ぐらいパーっと楽しむのがいいかもしれない。
「27階も行こう! 兄さまはどの階に行きたい?」
「私はリディーと一緒にいられるなら、どこでもいいんだ」
手を少し強く握るから、わたしも握り返した。
嬉しく思いながら、ふたりで家路へと歩き出す。
学園が始まるのはちょっと不安だ。
本当のところメロディー嬢の護衛もして欲しくないし、兄さまに危険があったら嫌だ。でも兄さまが引き受けた以上、無事を祈るしかない。
やることが盛り沢山すぎるし、もふもふ軍団のことも心配だけど。不安面ばかり見ていたら何も始まらない。初めての学園祭も、楽しまなくちゃね!
その前にまだ大量に残っている宿題をなんとかしなくちゃいけないんだけど。
「どうかした?」
「うーうん、なんでもない」
今は兄さまを独り占めできる時間を楽しもう。
<9章 夏休みとシアター・完>




