第371話 子供だけでお出かけ⑮酔いどれ
思いを馳せていたのを、ロサの声で引き戻される。
「それと、これはシュタイン領主はもうご存知だと思うが、来年度ガゴチの将軍の子供が留学してくる。夏休み以降から入園したいと打診があって、なんとか来年度まで引き伸ばしたんだ」
ガゴチが?
「君たちは当事者の家族だったから知っていると思うけれど、ガゴチは評判通りまともな国じゃない。そして聖女候補誘拐にも関わったと思われる。裁判で完全にガゴチの国自体が関わっているとわかれば、留学を取りやめさせることもできるが、恐らく〝国としても遺憾だけれど全ての民の思っていることまではわからない〟そう逃げると思うんだ。だから入園してくるだろう。何が目的かはわからないけれど、聖女候補に執着しているような気がしているんだ。それから……例の件、難を逃れたのはリディア嬢、君の貢献度が高かったとみんなが口を揃えて言う。だから、ガゴチは君がいなければ聖女候補を手に入れられたのにと君を疎ましく思っているかもしれない」
場がシーンとする。
「リー、顔が赤くない?」
アラ兄に言われる。
頬に手を添えると、ちょっと熱い?
ロサがテーブルの上に目を走らせ、ハッとした表情を浮かべた。
「あ、そのお菓子、もしかして一気に食べた? ……悪かった、先に伝えるべきだった。お酒が使われているので食べ過ぎないようにと言われていたんだ」
まだ誰も手をつけていないそれぞれのお皿と違い、わたしのは空っぽだ。
この世界はお酒を造ることを法として取り締まっているが、飲む方は法で取り締まってはいない。推奨は社交界デビューする14歳から。お酒も高いから子供がグビグビ飲めるほど買うこともないしね。そこまで規制しなくても大きな問題が起きたことはないようだ。
お酒かー。子供も食べるお菓子に使うんだから、ドバドバ使ったわけではないだろうし。
『リ、リディア?』
「なぁに、もふさま?」
慌てたように兄さまが駆け寄ってきた。
「リ、リディー、大丈夫かい?」
「大丈夫って何が?」
「殿下、彼女の様子がおかしいので、すみませんが失礼します」
「ああ、そうしてくれ。いや、うっかりしていた。申し訳ない」
気がつくとわたしは馬車の中、寝そべっていた。
「どこ?」
頭がなんか変。前に座っているのは父さまだよね?
「大丈夫くわぁー、リーディー」
耳に水が入ったみたいに、間延びした変な感じに聞こえた。
「父さま、なんか、変」
「ど、どぉーした? 気持ちぃ悪いのぉかぁ?」
父さまが中から馬車の側面を叩いている。
馬車が止まった。
「ふわふわする」
手を伸ばす。父さまに届いているはずなのに、なんか違う。
『リーーディーアーーー』
もふさま?
頭の中がもったりしてる。なんかよく聞こえない。
「水をー飲むぅーかー?」
「水? 水が欲しいの?」
父さまの上から水が落ちてきて、父さまが水浸しになった。髪がぺちゃんこだ。
なんで父さまの上から水が?
なぜかわからないけど、わたしは笑っていた。
笑ってる? うん、何かが面白いんだろう。
馬車のドアが開く。開けた誰かが中の惨状を見て驚いている。
「どーうーしたーんですかぁ? と、父ぅさま、なぁんでずぶ濡れなぁんですかー?」
「兄さまだ!」
「えー、ちょっとー、リディー危なーいよぉ」
「リディー、馬車からぁ降りるんじゃなーい」
「「どーしたのぉ?」」
「あはははは、双子みたい!」
ケインの後ろから同じ顔したアラ兄とロビ兄が、ぴょこぴょこ顔を出すんだもの。
「リポロたちの馬車は先に行ってもらってよかったな。ほら、リディー、馬車に戻るんだ」
「父さま、なんで濡れているの?」
アラ兄の声がする。
「ナンデダロウナ?」
「あー、頭が痛い」
「リディーダメだよ、そっち行っちゃ」
「ダメって言っちゃダメ!」
自分の声が頭に響いて、痛かったので頭を押さえた。
「もふさま!」
大きなもふさまが横に来てくれた。わたしはしがみつく。
「みんなあれしちゃダメ、これしちゃダメっていうけど、わたしだって守れるんだから! 強いん……? 人がかくれんぼしてる」
「人がかくれんぼ?」
「かくれんぼじゃなくて、強いの! 亀の子たわしだったことだってあるんだから!」
「カメノコタワシ?」
「主人さま、そのまま馬車の中にお願いします」
「そうだ! かくれんぼ。おじさんたち、出てきなさいよ」
「何を言ってるんだ、リー」
「出てこないなら、出てきてもらうまで」
「リ、リディアやめなさい! って酔っ払いに何を言っても無駄だな」
巻き起こした風はおじさん5人を連れてきた。ヨレヨレだ。
なんか見たことある。
「クレソンさん、何をなさっていたんですか?」
父さまの声が低く聞こえる。
「な、何もしていない。魔法で攻撃してきたのはそっちだろ?」
「攻撃ですって? 攻撃ってのはこういうのをいうのよ!」
兄さまに抱え込まれた。
「もー、止めないで」
「リディーは馬車の中に入ってて」
兄さまの手を払う。
と、後ろから手を引かれた。
「形勢逆転だな。おい、娘、解毒薬をだせ!」
「解毒薬? なんの話? それより、放して。わたしは兄さまと、話をしているの!」
「兄と話すのは後でにしてもらおう。領主よ、娘がどうなってもいいのか? 早く出さないと、娘の命はないぞ?」
「ごちゃごちゃうるさいなー。わたしに触るな!」
もう、さっきっから、触るなって言ってるのに!
戒めがなくなった。地面におじさんたちが転がっていた。
「みんなわたしをすぐに止めるけど……頭痛い、もー、もふさま。アオ、レオ、アリ、クイ、ベア、帰るよ」
よいしょっと、もふさまのふわふわの背中に乗り込む。
日向の匂い。
『よし、家に帰ろう』
もふさまがそう言ってくれたので、わたしは安心して目を閉じた。
わたしはどうやらお菓子に使ったお酒で、酔っ払ってしまったらしい。記憶はあやふやな上、その後も眠ってしまったようなので、全ては後からもふさまやもふもふ軍団から聞いた。
クレソン商会のクレソン氏は解毒薬欲しさに、わたしたちをまたしても襲撃してきたらしい。しつこい! 護衛部隊を先に行かせたのでチャンスと思って襲うタイミングを伺っていた。そこに馬車が止まった。
護衛部隊は微かに後ろに見えていた馬車が見えなくなり、待っていてもなかなかこないので引き返してきて、クレソン商会の転がっている男たちをお縄にした。
地味に〝毒が回る話〟が効いたようで、襲撃したのを認めるから解毒薬をくれと言われたそうだ。訴えたスクワランのお役人たちと相談して、嘘の毒話は彼らには話さないことにして、栄養剤を渡したそうだ。でもペネロペに頼まれたとは口を割らなかったらしい。
クレソン商会はトップが捕まり、悪どいことをする商会だとわかり、取り潰された。
倒れていたのは、わたしが魔法で攻撃したからだと事実を述べたが、わたしの魔力量や、体調を崩して寝ていたのを護衛が見たこと、その前から彼らは嘘をついていたことから、記録には襲撃されたが、父さまたちが返り討ちにしたと残された。
さて。わたしは微かに覚えていることの他、はるかにいっぱい、みんなを手こずらせたらしい。
ロサの屋敷から帰る際は、歩くのは嫌だとか、おんぶしてくれなきゃ動かないとか、散々わがままを言ったそうだ。人のいるところで、もふさまや、もふもふ軍団に普通に話しかけたらしい。
11歳にして酒癖が悪いとレッテルを貼られてしまった。
不名誉ではあるが、わかったことがある。
もうちょっと魔力がある設定にしておけばよかったと思った。魔法を自主規制せずに使えるのはストレスがないことだと知った。周りはハラハラしたようだけど、思いつくままに魔法を使えて、わたし的にはスッキリしていたのだ。目を覚ましてから半日、頭痛が激しかったので、あのお菓子はおいしいけど二度と食べないと誓ったけれどね。




