第335話 夏休み前⑨キャラメル
メロディー公爵令嬢はカヌーレを頼み、わたしたちは予約してもらった通りのコース料理となった。といってもランチだから、前菜、スープ、メイン、デザートの略式だ。ロサがデザート以外は全部一緒に持ってきてくれと頼んだので、テーブルの上はいっぱいだった。カヌーレが何か知らなかったけど、パンを器にしたシチューパンのことだった。季節により中のシチューは変わるそうで、今はトマトの酸味をきかせたもののようだ。暑いときに良さそう。わたしもいつかあれを頼もう。
伯爵家以上の裕福な家で育ち、舌が肥えている子供たちに支持されるだけあり、さすがにどれもおいしい。
「そういえば、クジャク公爵の頭を叩いたと聞いたが、それは本当か?」
危うく口の中のものを、吹き出すところだった。
むせると隣の兄さまが、背中をさすってくれた。
「イザーク、それはどういうことだ?」
「父上から聞いたのです。リディア嬢がクジャク公爵の頭を叩いたと。でもどうにも信じられないので、会うことがあったら聞いてみようと思っていたのです」
「ち、違う!」
「そうだよな。まさか、転移の権威である公爵さまを、いくら親戚であるからって……」
「ゲームだったの。ゲームは真剣にやらないと面白くないじゃないですか。だからわたし、本気でやっただけです」
「た、叩いたのか?」
ロサが驚いたように言った。
「叩いたっていっても、紙をクルクル巻いて棒状にしたもので、そ、そんなに痛くはないはずです」
「ゲームって?」
ダニエルが首を傾げる。恐らく次代の宰相を目指すのだろうだけあって賢そうだし、テーブルマナーも完璧だね。食べ方もきれいだ。
「二人組で向き合ってやるゲームです。真ん中にその棒を置きます。ジャンケンをします」
「ジャンケンって?」
ルシオがパンを食べながら小首を傾げる。相変わらずかわいい。
わたしはジャンケンの説明をした。
「ジャンケンをして、勝った方は棒を手にとって相手を叩くことができます。負けた方は頭を庇います。頭をかばわれたら、棒で叩いてはいけません。どちらが先に行動できるか、叩くことができるかのゲームです」
「それは面白そうだ」
「そのジャンケンというのも興味深いですわ」
「ええ、簡単そうだし、楽しそうですね」
「やはり、シュタイン領は〝楽しい〟宝庫ですね」
「皆さま、打ち解けられていますのね?」
メロディー嬢の言葉にロサが答える。
「なんだかんだ6年は交流があったからな。リディア嬢が懐いてくれるまでには時間がかかったが」
人を猫みたいに。
もふさまは特製お遣いさまランチを食べ終わったようだ。満足げに半分目を瞑っている。日向ぼっこするのに横たわったお腹がぽこりとしていた。
上品な味つけでどれも少量ではあるけれど、品数が多い。前菜もちょこっとずつ7点もある。その中で気にいったのは、セロリみたいな野菜をマリネしたものだった。味がめちゃくちゃ深くなっていて、もっと食べたいと心から思う。
メインのお肉はしっかり火が通りながら柔らかく仕上がっていてジューシーだ。果物の甘いソースがかかっていて、それがお肉とよく合う。
かみごたえのあるパンはメインの味を削がないよう、けれどほのかに何かが仕込まれている、これピスタチオかな? お皿についたソースを掬い取って、欲張りにお肉と柔らかく煮込まれた野菜も一緒に口の中に入れる。うっ、おいしい! 複雑に絡み合う味! 格式高いだけはある。
「メロディーさまは、それで足りるのですか?」
「ええ、お腹いっぱいですわ。シュタイン嬢はお小さいのにいっぱい食べられて羨ましいですわ」
口の中がいっぱいなので、話すことができない。
ほっそいもんね、あれじゃあ食も細いことだろう。
「リディア嬢は食べることが好きだから、いっぱい食べられてよかったな」
ブライが遠慮なく言う。わたしはやっと飲み込んだ。
「はい、いっぱい食べられます」
「けれど、先週も休まれてましたよね。また痩せたのではないですか? ほっぺが萎んでしまったようだ」
なんで、みんなほっぺを基準にするかな?
「わたしのほっぺって、そんなに膨らんでます?」
「ああ、ぷくんと」
「まあるくきれいに」
「つついたら割れないのか確かめたくなるぐらいには」
「……そういう意味だったのか」
思わず呟いてしまった。
「気になさることありませんわ。皆さま、お嬢さまがかわいらしいから、からかっているのでしょう」
メロディー嬢が慌ててとりなす。
「そういう意味ってどういうこと? 誰かにそう言われたの?」
訝しむ兄さまにわたしは答えた。
「ほっぺをつついてもいいかって言われたの。なんでつつきたくなるのかと思っていたんだけど、割れないか確かめたくなるぐらい膨らんでいるって言いたかったのね」
ほっぺの膨らみ具合をからかっていたんだ。真面目に答えていたわたしがばかみたいじゃないか。
ゆらりと兄さまが立ち上がり、それをその隣のイザークが宥めた。
「誰に言われたの?」
冷たい声でロサ殿下に尋ねられる。
なんか怒ってる?
「え、クラスの子ですけど」
「つつかせたりしてないよね?」
兄さまがなんか怖い。
「ダメって言ったよ」
「気軽に女生徒の頬をつつきたいなんて言うなど、リディア嬢、そんな者に近寄ってはいけないよ……」
心の中ではーいと返事をしながら、お肉と芋をソースのように崩して一緒に口の中へ。うまし。もぐもぐしていると、視線を感じた。
はっ。みんなのお皿は空っぽだ。デザートを待っているのかも。
わたしは順番に食べるより、どれも一緒に食べていくのが好きなので、どれも中途半端に残っている。待たせてると思って、急いでお肉を飲み込み、スープに手を伸ばした。
「リディー、ゆっくりでいいよ」
「ああ、急ぐことない」
「喉につかえてしまいますわ」
「まだ時間もあるし、味わって食べて」
みんなに気を遣わせてしまったので頷く。口の中がいっぱいだから。
なんとか食べ終えると、あっという間にテーブルの上がきれいになって、お茶とデザートがセッティングされた。
小さなお皿の上にワセランのような紙に包まれた四角い小さなものが2つ。これ、キャンディーみたいなものかな?
ワセランを剥くと茶色く柔らかいヘニョっとした物があった。甘い香りがする。
へー、生キャラメルか?
口の中に放りこめば久々の歯が疼くほどの甘さ! チラッとみんなを見て、わたしを見ていなかったので、残りのひとつも口の中に放り込む。両ほっぺに生キャラメル。贅沢な食べ方だ。
イザークはわたしと目が合うと、さっと目を逸らした。
ん? とみんなを見ると、みんな目を逸らし、肩を揺らしている。
「わ、私には甘すぎてひとつで十分だ。リディア嬢は好きなようだな?」
「はい、甘くてとてもおいしいです」
「では、よければ」
「……ロサさま」
なんか知らないけど、みんなのキャラメルがわたしの前に集まる。確かに歯にぎゅーっとくる甘さだけど。みんな1個でいいの?
兄さまを見上げると、苦笑しながら頷いた。
それなら遠慮なくと、包まれたキャラメルをいただくことにした。
皆さまにお礼を言って、お開きとなった。アイボリーさまとマーヤさまを呼び止めて、マッサージクリームのサンプルを渡す。
「これはなんですの?」
「マッサージクリームです。肌の調子を整えるのに、1週間に1回でいいので、硬貨ぐらい掬っておでこと顎とほっぺと鼻の頭にクリームをちょっとずつ置いて、伸ばします。それでお顔を手でマッサージします。メイドさんに渡したらうまくやってくれると思います。ぜひ使ってみて感想をお聞かせください。使い方はメモしてあります」
「嬉しいわ。前のもすっごくよかったもの。売り出されるのを待っているのよ。お母さまも」
「本当ですか? それは嬉しいです」
ふたりは喜んでもらってくれた。




