第334話 夏休み前⑧妖精みたいな女の子
先生に呼び出されて、聖樹さまから頼まれたことを話す。もちろんそうお遣いさま経由で頼まれただけで、どういうことかはよくわからないと話した。ただ護りが強くなることのようだと。
聖樹さまからも、学園に対して、話を通すのを忘れていたと連絡があったらしい。聖樹さまは、またわたしにも謝ってくれた。わたしが倒れるのは想定外だったと。
職員室から出ると、壁にもたれかかったロビ兄がいた。
「ロビ兄、待っててくれたの? 授業始まってるよ?」
「いいんだ。どこ行く? 授業に出るのか?」
思わず笑ってしまう。
「授業を休み過ぎてるからね、出なくちゃ」
と言えば、面白くなさそうに口を尖らせている。
教室に向かっていると、授業はもう始まっているだろうに、歩いてくる人がいた。
ロビ兄に倣い、足を止めて礼を尽くす。
清楚な令嬢は足を止めた。
「ご機嫌よう。シュタイン嬢ですね? お加減はいかがですか?」
顔をあげれば妖精を連想させる可憐な令嬢が、儚げに微笑んで問いかけてきた。
「先日はありがとうございました。殿下と一緒に運んでくださったと聞きました。尊いお方に直でお礼を言うのも憚られ、ご無礼をお許しください。おかげさまで大事に至りませんでした」
メロディー公爵令嬢は優しく笑った。
「いいえ、無礼だなんて。家にも私にもシュタイン伯からのお礼をいただきました。私は何もしていませんのに、却って申し訳なく思います。けれど、シュタイン領の噂のお菓子をいただけて、とても嬉しかったです」
銀髪の妖精は無邪気に微笑む。
「ロサさまから、よくあなたたちご兄妹のことを聞いていましたの。ですから、縁ができて嬉しいわ」
よく、話してるんだ……。
「ご令嬢はとても行動的なんですってね。羨ましいですわ」
「メロディーさま」
後ろから女生徒が何人か走ってきた。みんな胸に教科書やノートを抱えている。急に決まったのか、授業を受ける部屋へ移動中のようだ。
メロディー嬢のお友達はわたしたちに軽く礼をして、〝行きましょう〟と促した。〝それでは、またね〟とわたしに微笑んで、歩いて行った。
「リー、放課後も迎えにくるから、ひとりになるなよ?」
わたしはロビ兄に頷く。
わたしが着席すると、ちょうどよく先生がやってきて授業が始まった。
「君、また倒れたんだって? 本当に体が弱いんだね」
先生が黒板に書きつけて背中を見せたときに、隣のアダムが小声で言った。
ただの魔力酔いだけど、わざわざ訂正することでもないか。
「エンターさまほどじゃないけどね」
留年するほど休んではないよ。意地悪だったかな?
なんでだかわからないけど、アダムの言うことには反発心が湧きあがるんだよな、なんでだろう?
「アダムって呼んでくれないの?」
「そう呼ばれて困るのはあなただと思うけど?」
「そこ、静かにしろ」
こっちを見ていないのに先生に怒られた。
今日は生徒会の方たちとランチをとることになっている。兄さまが迎えに来てくれた。学園祭のお菓子提供のお礼だそうだ。って、料金もちゃんと払ってもらえるし、お菓子は今売れてない状態だからこっちがお礼を言うところなのにさ。このところ2回も倒れたこともあり、心配しているのだと兄さまから聞いて、ありがたくランチを受けることにした。
格式の高い東食堂に予約をとってくれたみたいだ。
もふさまが舌舐めずりをしている。おいしい匂いがするのかな?
足を踏み入れる時少しだけためらってしまったのが兄さまはわかったようで、顔を曇らせる。
「そうか、ごめん、考えが足りなかったね。止めよう」
兄さまに戻ろうとするように手を引かれる。わたしはその手を引き留めた。
「大丈夫だよ。もう、なんでもない。ちょっと思い出しちゃっただけ。せっかくおいしいところなのに、変なトラウマにしたくないから、いいんだ」
こういうのは早くに克服しちゃう方がいい気がするから。
「トラウマって?」
「あ、心の傷ってとこかな」
兄さまは頷いた。
「あら。シュタイン嬢?」
振り返るとメロディー嬢がいらした。
わたしは慌ててカーテシーをした。兄さまも礼を尽くす。
「ランディラカ伯、弟君ですね? ご機嫌よう」
兄さまは頭を下げた。
「婚約者とランチですの?」
わたしはチラリと兄さまを見た。生徒会メンバーと食事と言って悪いこともないと思うけど、なんとなく。
「いいえ。生徒会がリディア嬢に感謝して、食事に招いているのです」
花が綻ぶように、メロディ嬢は微笑んだ。
「まぁ、そうでしたの。シュタイン嬢は生徒会にもご貢献されているのですね。楽しいランチタイムをお過ごしくださいませ」
優雅にカーテシーを決めた。
「コ……ーデリア嬢?」
「ロサさま」
後ろからロサ率いる生徒会メンバーが来て、声をかけられたメロディー嬢が振り返る。さーっと生徒会メンバーが礼を尽くす。
「皆さま、ご機嫌よう。ここは学園ですもの、かしこまらないで」
優しく言われると皆顔をあげる。
「令嬢たちとご一緒ですか?」
ひとりに見えるからだろう、ロサが尋ねた。
「いいえ。私、今日はこちらのカヌーレがどうしても食べたくて、ひとりで来ましたの」
公爵令嬢が一人で食事に?
「……ひとりがよかったら別ですが、私たちと食事はいかがですか?」
「嬉しいですけど、お邪魔では?」
「みんな良いよな?」
もちろんわたしも頷く。この状況で嫌だと言える人は、よほどの強者だと思う。メロディー嬢との食事が嫌なわけでもないんだけど、なんかそう思ってしまった。




