第176話 ぬいぐるみ
「これは気持ちいいわね」
「気持ちいいですね」
「いい手触りですねぇ」
雪くらげの住処を触ってもらう。母さまもピドリナもハンナも太鼓判を押してくれた。これは何なの?と聞かれたけれど、貰い物で秘密にすると約束したんだといえばそれぞれに頷いてくれた。
わたしは3人にヘルプを出した。不器用なわたしにはぬいぐるみ作りはハードルが高い。ピドリナは縫い物は苦手らしいけれど、母さまとハンナは手芸系得意とみた。
わたしがセズの絵を見せると、3人は感心した。とてもかわいいと言う。
わたしはこれを立体的に作りたいんだと言った。型をおこし、毛皮だと縫製が難しいのでとりあえず布で挑戦している。縫い付けてシロクラゲを入れたパーツを作るまではできた。細長い顔と胴体と可愛らしい耳とぶっとい手足のパーツだ。
そして縫い付けずに、こうしたいのと押さえて形にして見せる。
「まぁ、すごいわ。本当にアリかクイね」
「でもね、こう押さえるとできる感じはするんだけど、どう縫えばかわいくなるかが分からなくて」
ちょっとした角度が大切なんだと思う。というか、かわいさにおいては命取りになる。わたしは一度出来上がったものを真似するならなんとかできそうだけど、最初にどうしたらいいというのはわからないんだよ。
そう伝えると作ってしまっていいの?と聞かれ、頷けば母さまとハンナが相談しながら、こうで良さそうねと言いながら、仮留めをしていく。
あ、アリクイだ。
「まぁ、本当にかわいいわ。ギュッとしてもかわいいし」
わたしはファーミーの毛皮を取り出す。
「これをね、この毛皮で作るの、どう思う?」
3人の目が輝く。
「これはかわいすぎるわ」
「すっごくいいと思います!」
「これは手に取りたくなりますねぇ」
ただ毛皮を扱うのは大変そうだ。生地が厚いので切るのも大変だし、縫うのも苦労する。
「ひとつ、作ってみましょうか」
母さまとハンナが毛皮でアリとクイを制作しだした。
ふたりは手早く、所々考えながらではあったけれど作業にあたり、2時間後には小さなアリとクイが完成した。水色とクリーム色のアリとクイだ。
目はケルト鉱石でまんまるボタンを作った。
みんなにお披露目すれば、大人気。アリとクイもきゅんきゅん鳴いている。喜んでいるみたい。
父さまが帰ってきたので、兄さまたちと相談して一昨日のことを父さまに話すことにした。
怪我をしたかもしれなかった。もふさまと一緒でも子供だけのお出かけは禁止されるかもしれないが、それはいたしかたない。
仕事部屋に向かうと、父さまはすぐに机から顔をあげた。
「どうしたんだ?」
父さまは椅子から腰を上げて、ソファーまでやってきてわたしたちを座らせた。父さまの機嫌が良さそうなので、言うなら今だと思った。
「父さま、なんかいいことあったの?」
アラ兄が思わずと言う感じで聞いた。浮かれているもんね。
「いいことってほどでもないんだがな」
と言いながら父さまは笑顔だ。
「港町に近い海辺で海のヌシが現れたそうだ」
「海のヌシ?」
「大きく、美しく煌めいているらしい」
煌くという単語でわたしたちが顔を見合わせたことを、父さまは気づかなかったようだ。
「大きな獣と海のヌシの戦いで獣が傷を負ったらしい。それをまだ幼く見える少女が癒しの力を使って傷を治したそうだ。倒れていた獣が金色の光に包まれ、起き上がったらしい」
嘘、誰かに見られてた?
「その後、海のヌシは海に帰り、獣と一緒に少女は姿を眩ませた。その少女は桃色の髪だったそうだ。桃色の髪の光の使い手、聖女さまになる方かもしれん。みんな知っているな。聖女さまが現れる時、何かが起こる。陛下の御代で何か起こるのかもしれない。でも大丈夫だ。聖女さまとなられる方がいるのだから。王室でも聖女さまを探し始めるだろう」
「何で聖女さまってわかるの?」
ロビ兄が尋ねる。
「獣を従えるようにしていたこと。それも海のヌシさまクラスの大きさだ。そして光の使い手。聖女さまは癒しの力を必ず持っている。それから桃色の髪は聖女さまの中に何人もいらした。だからみんなそう思ったんだろうな」
父さまはわたしを急に抱き上げた。
「これでみんなの気持ちが聖女さまに向かった。光の使い手でもなく、魔力は少なく、髪も桃色ではない。リディーは聖女さまではない。だからもう安心だ。大丈夫だぞ」
父さまが頬擦りする。
「何だ、嬉しくないか?」
「うーうん、桃色の髪でちょっと思い出しただけ」
「ああ、一度来たというモロールの領主の子だな。父さまも思い出したよ。すぐに調べられるだろう。聖女さまなのかもしれないな」
その台詞を言うときだけは少し哀しげだったが、父さまは上機嫌だ。
何となく、状況が海での一部始終と合っている気がするんだけど、わたしたちの中にピンクの髪はいないし。似たようなことがあったのか? そこまで似たようなことが起こるってこと、ある?
「それより話があったんじゃないのか? それでここに来たのでは?」
「父さま、ぬいぐるみ、見た? アリとクイにそっくりなの」
兄さまと双子が頑張って会話を繋ぐ。
「あれをお茶会で売ったらどうかな? 売れるんじゃ?」
「毛皮も数に限りがあるから、限定商品だね」
みんなで話を合わせた。
その後、子供部屋に駆け込む。
「どういうことだろう?」
「誰かに見られたってことだな」
「中途半端に」
『海の護り手の力が発現するところを見られたのだな』
「でも、桃色の髪なんていないよ?」
顔を見合わせた兄さまたちは、残念そうに言った。
「そっか、自分では見えないものね」
「あの時、もふさまの血がある程度洗い流されて、リーは全身がきれいな桃色に染まってた」
……なるほど。
倒れていたもふさまが海の主人さまの力で金色に染まった。気力を注いでもらって立ち上がった。それがもふさまを治したように見えたんだね。それで近くにいた桃色っぽく見えたわたしに、みんなが〝聖女が現れた〟と期待したってこと?
それは間違いですって、誰に言えばいいんだろう?
「父さまは今まで、リディーが聖女となるかもしれないと心配していたんだね」
兄さまが言って、みんなおし黙る。もふさまは大きな獣といえば大きな獣で、従えてはいないけど友達だ。わたしには光の属性があり、魔力も多い。桃色の髪でないことで決め手にはならないと思っていた感がある。
でもそんな噂の出どころがわたしだと知れたら父さまどうなっちゃうだろう。
実際、聖女が聖女ってどうやって自覚と認識されていくのか知らないが、何も確かじゃないのに何で広がっていくんだろう?
……噂って元々そういうものか。
「聖女って、何をして聖女ってわかるのかな?」
「……鑑定で調べる、とか?」
アラ兄の意図に気づき、わたしは頷いた。自分に鑑定をかける。
「名前と年齢しか出ない」
人の鑑定は難しいみたいだ。
「ステータスでも〝聖女〟はないよ」
3人は明らかにほっとした。
『聖女とは〝浄化〟できるもの。なれたら誇らしいことではないのか?』
「わたしはなりたくないな。他の誰にも解決できないようなことをやってのけるんでしょ? 無理」
もふさまに答える。
「聖女さまは背負うものが大きすぎるから、リディーにはなってほしくないな」
「そうだよ。それこそ王室に囚われる」
「リーには自由でいて欲しい」
「ありがと。わたし聖女じゃない。もし……そんなことになった時は、ちゃんと自分から言うから」
踊らされている噂に便乗して複雑にする必要はない。
だって、ただの噂だもの。わたしはそう思った。




