第1186話 ベクリーヌ滞在②強請られている国
まずは王さまへの謁見を許された。
瘴気が多いところなので、なんとなく緊張していたんだけど、王さまはなんかやる気のない王さまだった。ナムルのおじさん版といいたい。瞳の色が赤いからそう思えたのかもしれない。
立派な椅子に頬杖をついて、わたしたちを通り越した遠くを見ていた。
挨拶もなくいきなりアダムに、ユオブリアの王族かと問いかけた。アダムは公爵家の血筋ですと答える。
王さまが興味を持ったのはそれだけで、あとはよしなにって感じだった。
案内人のアカさんは自分では雑用係と言っていたけれど、宰相のポジションであるようで……。
街を見たかったら案内するけれど、不愉快なことがあるかもしれないので、できたらドラゴンのことを話してやってくれませんかと提案された。
なんか色々ツッコミたかったけれど、目を爛々と輝かせている人たちと目があってしまったので、ドラゴンのことの質問に答えることにした。
一休みしてからドラゴンの話をすることになり、わたしたちは部屋に案内される。
離れのようになっている別棟。その前に甲冑で体を覆っている門番がふたり。本気な感じだ。大きめの応接間から行ける部屋が4部屋。
第四大陸と同じで、人数は控えて使節団だけで来るように言われたんだよね。守りが浅くなるので、と。
第四大陸の時はなるほどと思った。あの人質騒動がなかったとしても、あの厳しい地によそ者が行くと却って迷惑をかけると知ったから。
でもこの地は瘴気は強いものの、それ以外は今のところ普通。湿気が多いかもしれないけど、それは理由にならないだろうしなぁ。瘴気だってわたしのように苦手な人がいること自体稀なのに。
それに守りが浅くなるってなんやねんと不思議なことばかりだ。
「リディー、聖水だ」
兄さまがついでくれた聖水を飲み干す。
お礼を言えば、安心したように微笑む。
聖水石のおかげで、そこまで辛くはないけど本調子ではなくて。いつも胸に切迫感がある。起きてる時はまだいいけど、この大陸で眠りたくはない感じだ。
ノックがあり、ウエルカムドリンクを運んでくれたのは、先ほどのドラゴンに夢中の案内人のひとりだった。
歓待の音楽を奏でてくれた人がいっぱいいたけど、メイドさんはどうした? あ、ドラゴン見たさに変わって持ってきてくれたのかしら?
実は侍従とか執事なのか?と思ったけど、期待を裏切らず、慣れてない手つきで飲み物をサーヴしてくれた。
「ひとつ、お尋ねしてもいいですか?」
アダムが控え目に尋ねる。
「ああ、はい、どうぞ」
その人は愛想よく答えた。
「先ほどおっしゃられていた不愉快なことってなんです?」
そこが気になる?と言いたげな驚いた顔をしている。
いや、普通気になるでしょ。
素直な人のようで、どう答えようかと見ていてわかるぐらいに狼狽し……心を決めたようだ。手をぎゅっと握って言った。
「実は第一大陸は……ほぼ神殿に支配されていまして」
え?っとわたしたちは揃ってルシオを見た。ルシオは眉を寄せ微かに首を横に振った。知らないし、自分が神官だって言わないでってことだと思う。
案内の人はわたしたちのそんなコンタクトにも気づかないようで続ける。
「使節団の話だけは、ベクリーヌ王に来ましたから、王が招くと言ったんです。
使節団は神殿に筋を通すべきだと威嚇してきました」
え? 神殿って、神を信仰していて、神の言葉を聞ける人たちが元になり集まり、それが統率された組織になり、各大陸の国に支部がある形なんだよね? それが、え、自分たちに挨拶に来るべきって拗ねてるの? なんか変じゃない?
「が、あいつらは使節団の皆様やドラゴンも利用しようとするかもしれないと思って、これだけは譲れないって言ったところ、嫌がらせに城の使用人を根こそぎ連れて行きました」
え。
「楽隊は使節団を迎え入れる時だけ貸すと行って。あの入り口からの五番目の女人が私の妻でして。リュートもうまいし美人だったでしょう? 人の妻を連れ去って、今日顔を合わせたのはひと月ぶりです」
とそこまでいって口を押さえた。遅いけど。
「私が話したことは内緒にしてください。我が国の恥ですし」
そうそそくさと席を立とうとする。
「なぜ国が神殿の言いなりになっているんです?」
振り返ったその人はものすごく暗い目をしていた。
「悪夢を繰り返さないため、ですかね」
そう言ってから、頼りない笑みを浮かべて部屋から出ていった。
「ルシオ、知らなかったのよね?」
ルシオは青い顔で頷いた。
「神殿として、国を脅すとか、違反だよな?」
兄さまが尋ねると、ルシオは頷く。
ひょえーーー。それって別大陸なら見つからないだろうと、無茶をした神官がいるってことだよね?
「まさか、そんな不届なことをしている神官がいるとは。アダム。使節団の仕事もこなすつもりですが、神殿のことも気になります。別行動を許していただけませんか?」
「それは許せないな」
ルシオが、そうだよなと困った顔をする。
「神殿の規則のことはよく知らないけれど、一国を思いのままにするような強請るネタがある方が気になる。友好を結ぶんだ。そのことを調べるのは使節団の使命じゃないかな?」
ルシオの顔がパッと輝く。
「私も賛成だけど、使節団の仕事が終わってからにできないかな? リディーにはこの大陸は辛すぎるから」
「でも、兄さま、わからないうちに友好を結んだら、ユオブリアにどんな被害が出るかわからないわ」
兄さまは辛そうな顔をした。瘴気の被害に遭っているのは兄さまかと錯覚するほどに。
『リディア、もうこの部屋にルームを作ってしまえ』
え?
もふさまを直視する。
『リディアはルームにいれば瘴気は問題なかろう? リディアは今第一大陸にいることになっている。他のどこにいても、それを違えなければ問題あるまい。この部屋で休んでいることにするときは、ルームに避難しておればいいだろう。
我がここに残って連絡をするのでも……そうだ、アオに虫をテイムさせて連絡係になってもらえば、この部屋の出入りに問題はない。あとはフォンもあるのだからどうにでもなろう』
驚いて口が開きっぱなしになった。
「お遣いさまはなんて?」
もふさまの言ったことをみんなに伝えると、みんなそれはいい案だと絶賛した。
もふさま、鼻高々。




