第1185話 ベクリーヌ滞在①ドラゴンに興味あり
第一大陸に降り立った時、わたしは咳き込んだ。
兄さまが背中をさすってくれる。小さい声で聞かれる。
「聖水石じゃ無理そう? 引き返す?」
わたしは小さく首を横に振る。
「大丈夫。石は効いてる。でも違う何かがあるね」
詠唱の話をした後、聖水を作る時に色の詠唱を入れたら、水が個体に、氷ではなく水晶みたいな透き通った石になった。わたしはそれを聖水石と呼ぶことにした。
聖水を飲むのと同じぐらいの効果があり、瘴気があっても元気ハツラツとはいかずともなんとか正気を保てるぐらいでいられる。それに聖水だと飲むとなくなるけど、これはなくならないところがすごい。
第一大陸、瘴気は間違いなく濃い。
わたし以外は感じないようだけど。
でも瘴気だけじゃない。なんか嫌な気配がある。
「大丈夫ですか?」
世界議会の人から聞かれる。
「大丈夫です。ありがとうございました」
「では、わたしは戻ります」
そう言って一歩下がる。
迎えにきてくれた第一大陸の人たちは、ナムルを彷彿させる浅黒い肌で、民族衣装を着ていた。銀色や白い髪の人が多く、みんな髪を伸ばして結んでいる。
午前中にかかわらず、どんよりした空模様。
メンバーはアダム、兄さま、ルシオ、わたし、もふさま、もふもふ軍団だ。そしてドラゴンちゃんたち。
涼しいのにムアッとする。なんだろう、これは。あ、湿気だ。湿気がすごいんだ。
ベクリーヌ大陸の一番大きなベクリーヌ国、その王都の外れに転移口があるようだ。
今が一番過ごしやすい気候だという。危険な森がほとんどで、人の住めるところはわずかだそう。
若手の人たちだと思うけど、話し方がずいぶん穏やかだ。
そんなところはナムルを彷彿させる。でもグレナンの末裔かなんて聞いたら怒り出したりするんだろうか。
10分ぐらい歩けるかと聞かれて、大丈夫と答える。
王都に向かうようだ。
転移で運んできてくれた人は、わたしたちが歩き出すまで見守っていてくれた。
雨が降り出しそうなそんな印象ではあるけど、第四大陸ほど厳しくもなく、ホッとする。
瘴気が他大陸より濃いってどういうことなのかなと思いながら歩く。
わたしの隣を歩く人と目が合った。
「ドラゴンを可愛いと思いますか?」
前置きもなくいきなりの質問。社会情勢についてどう思われますか?ぐらいの堅い微妙な空気感で問われ、ちょっとおののく。公共語が苦手なのかもしれないけど。
「可愛いと思います」
「そうですか」
「ドラゴンは何を食べる、ですか?」
違う人が尋ねてきた。今度は穏やかな話し方だ。
「今は食べやすい果物なんかを潰したものをあげています」
今も8割は聖歌なんだけどね。
「どれくらいで飛ぶようになったのですか?」
「ブラックちゃんは2日目ぐらいから飛んでましたね」
「日誌はつけてますか?」
「は?」
「ですから、ドラゴンたちの成長記録は?」
「そんなものは」
と言ったわたしの言葉に被せるようにして兄さまが言った。
「映像を撮ってあります」
あ、確かに。ドラゴンのお父さんやお母さんに見せるために。
「それを貸していただくことは?」
「できません。極めて私的なことも含まれていますので、お見せすることもいたしません」
私的、プライベート。だね。もふさまやもふもふ軍団映りまくりだし。歌うたってるのも入ってるもんね。見せられたものではないけれど、おお、成長記録知らんところで撮ってた。
そうか、ドラゴンの育成って貴重だもんね。成長の記録とかとっておくべきなのかもしれない。映像はあるから、後から書き記すことはできそうだ。
ってええええ???
迎えにきてくれた6人のうち5人が打ちひしがれたように地面に座り込んでいるんですけど。
「あなたたち、どうしてもというから案内を許可しましたが、我が国の恥晒しとなるなら、使節団との接触を禁止しますよ?」
「アカさま、そんなぁ」
「お立ちなさい、みっともない。
申し訳ありません。彼らは研究肌なもので、使節団がいらっしゃると聞いてから、ドラゴンのことを調べ始めまして。ドラゴンと使節団の方に会えるのをそれは楽しみにしていたんですよ」
本当にそんな感じだ。
「新鮮です」
思わず言ってしまった。
「はい?」
「いえ、今まで大陸を巡ってきて、どこも友好を結んでくださいましたが、ドラゴンのことに興味があるのは子供だけでした。純粋にドラゴンに興味を持った方たちにお会いするのは初めてです」
地面と仲良くなっていた人たちは起き上がって、服についた土を払う。
「ドラゴンに興味を持たなかったんですか?」
「ええ、ほとんど」
どっちかというと精霊に気がいってたよな、第五大陸も第四大陸も。
「なんともったいない! 記録は見られないのは承知いたしました。
質問に答えてくださることは可能ですか?」
「答えられる範囲で良ければ」
アダムが言ってにっこり笑った。
そうかそうやって答えればいいんだね。聖歌のこととか、話せないことは、それは言えないって言っていいんだ。
話しながら歩いたからか、短い時間に感じた。転移の場は王都の外れというか、外にあったんだね。
門を通る。門があるだけで、他は何もない。
人も少なく感じる。気配が少ない。
なんだろう。普通に使われている街に、なんで廃墟のような淋しさが映り込んでいるんだろう?
街の家は平屋。城と呼ばれた家だけ2階建て。広いけど、城なんだろうけど、装飾は凝ってない。城もというよりどこも実用的。雨風が凌げて、風が通り、各世帯で区切られていること。それだけが大事という造り。
お城に入ると、渡り廊下みたいなところに等間隔に椅子があり、そこに小さなハープのようなものを持った女性たちが座っていた。案内の人と同じ民族衣装に、ストールのようなものを首より上に巻きつけ、目と鼻以外を隠していた。女性はなるたけ肌を隠す、的な?
女性たちがハープのようなものを爪弾く。木琴みたいな音がでて不思議。
音楽でわたしたちの到着を歓迎してくれていることがわかる。
ドラゴンちゃんたちが騒ぎだしたので、案内人のアカさん以外が大喜びをした。




