第1178話 レクリエーション①朝ごはん
ホームルームが終わると、みんな席を立つ。
「あれ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、移動するよ」
「移動? 1限は教養じゃなかった?」
教室で授業だと思ったけど。
「あ、そっか。リディア週末、寮にいなかったね」
とキャシーが納得したようにうなずく。
何か変更があったのかな?
「今日の教養は1年生のお世話をするんだって」
「1年生のお世話?」
「教養の一環で、1年生もそろそろ慣れてきたけれど、わからないこととか出る頃でしょ? それを教えてあげるらしいよ。レクリエーション風味に」
「へー、でも、わたしたちの時はなかったよね?」
というとジョセフィンを抜かしたみんなが笑い出す。
なに?と尋ねれば、同じ質問をジョセフィンがしたんだって。
だって、気になることだよね?
ジョセフィンが教えてくれる。
「私たちが1年の年は世界子供教育支援団体の視察があったでしょ? あれに時間を割いたからなかったんだって」
あー、なんかあったね。あの音楽隊のやつだ。その際、わたしは聖女候補かもしれないという疑い?を捨てきれないからって連れて行かれたんだったなー。
わたしたちは1年生の教室の前で待機した。
扉のとこからぴょこぴょこ顔が出て、わたしたちのことを見ている。ふふ、なんか可愛らしい。わたしたちD組はB組の係。う、背丈は少し勝ってるぐらいだ。
教室の後ろに入るように先生からの指示がある。前を向いてお行儀よくしているけど、かなり後ろの上級生が気になってしかたない感じ。そんなところは可愛らしい。
1年生の先生が黒板に図を書いた。
机は部屋の隅に置き、椅子だけで図のような列を作る。
上級生は参観日スタイルで後ろに立つようだ。
机も上手に運べる子とそうでない子、図のように机をテーブル面のところで上下を変えて積み上げていくというのを理解できる子とできない子がいる。
わたしたちも1年生の時はわからなかったのかな?
特にB組は貴族の子だから、使用人がなんでもやってくれただろうからね。
見かねたエトガルが机を反対にするんだと教えてあげると、あの絵はそういう意味だったのかと理解したようだ。
机はない状態で椅子を席順に並べ、椅子に座る。机のなくなった分空きができたので、ゆったりと立つことができた。
先生は一年生たちに上級生に聞きたいことを考えてきましたか?と尋ねた。みんな頷いている。
先生はその紙を折りたたんで箱の中に入れるようにと、箱を一番前の右端の子に渡した。その子は折り畳んだ紙を箱の中に入れて、後ろの子に回す。後ろの子も紙を入れまた後ろに、最終列の子は横の子へ。その子は前へと箱が渡っていき、クラス全員が紙を入れ終えた。
そして今度はわたしたちに紙を引いて、教壇でそれに答えてくださいと言われる。
な、難易度高いな。
一番左端にいたアマディスが教壇へといく。アマディス勇者だ。絶対わたし一番最初なんて嫌だよ。それに質問をみて、即興で答えられるかな?
やだ、ドキドキしてきた。
折り畳まれた紙をアマディスが開く。彼はそれを読み上げた。
「平民の朝ごはんは何を食べるのですか?」
担任であろう女性の先生は、微かに顔を顰めてから
「先輩の家では朝ごはんは何を食べるかと聞きたかったんだと思うけれど……」
と変な嗜め方をしようとしたのを遮ったのはアマディス。
「大丈夫ですよ。B組だからみんな貴族。3食か4食食べる家もあれば、朝はお茶だけと夕方に食事、そして夜はお酒を飲む、そういう食事の取り方もあると聞いたことがあります。
平民のということだけど、ウチは一般的ではないかもしれません。
父は狩人です。男の兄弟は狩りを手伝い。姉や妹は母を手伝って家のこと、それから狩りで取ってきた獣の皮をなめしたり、それで何かを拵えて売ったりします。
狩人は狩りを終えるまでは物を口にしません。水ぐらいは飲むけれど、肉類は食べません。それは昔からの教えで、食べた肉の匂いで獣が寄ってこないと言われているからです。加工していない肉や血の匂いは獣を呼びますが、人が食べるようにした肉は獣から嫌われます。獣を狩りに来ているので、獣に逃げられないようという験担ぎの意味が大きいのだと思います。
母はいつもお鍋にたっぷり野菜のスープを作っておきます。
それはいつ誰が食べてもいい物です。
狩りに行く時は子供でも食べ物を口にしません。水袋だけを持って狩りに行きます。帰ってきたらさばくまでが仕事です。これが臭いがすごくて、空いていたお腹も食べ物を受け付けなくなります」
いつの間にか、1年生たちも聞き入っている。
「すぐに売りに行くか、少し後になるかで、保存の仕方も違います。これも重労働だし、血や肉のついた道具類をきれいにするのも骨が折れます。
そこまで終わったら、川で水を浴びます。自分をきれいにします。冬でもです。
獣の血の匂いはなかなかとれません。全身を洗って、服を着替えて、やっとひと心地ついた時には夕方になっています。
そこから夕飯までが自由になる時間です。どうすればもっと楽に獣を取れるか、方法や手段を考えて、物を作ったりしました。
肉や作ったものを売りに街に行くこともあります。けっこう歩くから、褒美に串焼きを買ってもらえます。まとめて売りに行くから、重たい籠を背負っていくからね。
そこの串焼きはあまりおいしくないんだけど、その市場で一番安いからそこのになるんだ。いくら噛んでもなかなか噛みきれないから、長く口の中に入れておくにはちょうどよくて、串のうちのひとつだけを口に入れて食べて帰るんだ。
大体お肉3つが刺してあって、後の2個は次の日のおやつにする。
スープを水筒に入れて、そこに一緒にお肉を放り込んでおく。その水筒を自分のベッドの中に隠しておくんだ。
自由時間の時にその水筒を持って、森の中や河岸に行く。
時間をかけてゆっくり柔らかくなった肉と、肉の旨みが溶けたスープが抜群にうまい!
王都に来てからおいしいものはいっぱい食べたけど、記憶……思い出の美味しさってのはまた格別で、俺はそれが一番のご馳走に思えている。
食べているものは平民と貴族では全く違うけど、きっと思い出の詰まったおいしさは、みんな一緒じゃないかなと思う」
そういい笑顔で言って、ぺこっと頭を下げた。
だんだん砕けた話し方になるのも含めて、みんな聞き入った。
アマディス、やるなぁ。




