第1176話 ミネルバ滞在⑨敵ダイジェスト
この土の精霊が目覚めたおかげで、この日を皮切りに第四大陸は厳しい地には変わりないけれど、だんだんと命を育んでいける大地となり発展していく。水の精霊の祝福を受けたわたしが、地の精霊を呼び出しこの地に祝福を授けたと噂が巡る。
ほんっと噂だけだと、わたしすごい人っぽいね。神獣、聖獣の加護があり、ドラゴンに懐かれ、水の精霊と地の精霊から祝福を受けた者。あながち間違いでもないんだけれど、正しくないことはあり、「誰それ」ってわたしは思う。
世界議会の取り調べで、ローブの人はバッカス、他の人はウダデ族の人とわかった。
ウダデ族はそれぞれの部族から何かをして追放者となり、締め出されたものが集まった寄せ集めチーム。自然が厳しい地では、人は寄り添わないととても生きていけない。自分が生きていくために絶対に他者の力が必要となる。だから追放された人々はつるむことを選んだ。約束事を守れなくてハブられた彼らだけど、彼らにもルールができた。それが仲間の命は取らない、仲間内で争うようなことはしないの2点だ。それさえ守ればチームから追い出されることはない。
彼らは若く力があったので、小さなオアシスを奪って生きてきた。オアシスが枯れればまた他のオアシスを襲う。水が枯れないように何かしようとする頭がなかったので、そんな生き方しかできなかった。
あるとき、小さなオアシスを襲ってもすぐに水は枯れる。それなら王都を襲わないかと持ちかけられた。今は太陽が顔を出す季節だからいいけれど、また暗黒の季節がやってくる。暑い日差しさえ恋しいと思う、人が凍え死んでいく暗黒の季節が。それも最大の王都のオアシスにいれば、水の心配がないだけ楽に暮らせるだろうと。
彼らはその案にのった。
まず子供を盾に取り、老人を残し、それ以外の全てを人質にする。
人数的にも多くを人質に取るのは難しいという者もいたけれど、フラッと来た者は考える時間を与える方が失敗する率が高くなる、と言った。
男はダコブと名乗り、自分はドラゴンが欲しいのだと言った。
ドラゴン?と砂漠に住む者たちは首を傾げる。そうドラゴンだとダコブは言った。
恵まれた地ユオブリアに住む女がドラゴンを手名付けたのだと。そのドラゴンを奪ってやる。女を言いなりにして、ドラゴンを従わせるのだと。協力してくれれば、ここの王都だけじゃない。ドラゴンで脅した他の豊かな国をくれてやるとも。
今まで楽にオアシスを奪えてきたので、難しいことは考えなかった。
彼らは行動すれば思い通りになり、うまくいくと思っていた。
彼らは大元の水源を少しとめられ水が出なくなっても、枯れたと勘違いしてすぐに出ていく。行き当たりばったりに行動して寝床を変えていくだけなのだから、黙って大元の水源を少しの間止めて放っておくのが得策と思われていたことなど夢にも思っていない。
彼らはなぜ男がドラゴン行脚の使節団のことを知っているのかとか。そこにも疑問を持たなかった。
王都に入っていくと、すぐによそ者と気づかれた。なんの用だと言われ、すぐに子供を盾に取った。彼らは本気で驚いていたようだ。
ダコブは魔法が使えた。それも住人たちを震えさせるに十分だった。そして王族を呼び出す。抵抗すれば子供の命を奪い、水源に毒を落とす、ダコブは冷静にそう言った。砂漠の決まり事。水源に何かするのは御法度だ。ただでさえ少ないし、毒を混入させれば、それは水が使えなくなるだけでなく、地にも影響する。その土壌に生きるものの命も奪い、底深くに染み込み他の水源をも駄目にする危険がある。飲み水が尽きたら生き物は生きられない。
ハッタリとは思えない底知れない不気味な怖さがダコブにはあった。
強く出られず若いものは全員縛られて焼却場に閉じ込められる。
残されたのは使節団を迎えるため共用語を習得した年老いた役人と老人のみ。
老人たちも見張られ、仲間内で話し合いなどできなかった。
そして使節団には睡眠薬を飲ませろと、薬を持たされる。
街から出て転移の間に行くまで、それが唯一仲間内で話せる時間だった。
ダコブは異質だった。何かしようとするとすぐに察する。人質、そして水源に毒をと散らつかされた。結局わずかな時間では何か策を練れたわけではなかった。
いう通りにするしかないのか。
葛藤中に転移の間に使節団とドラゴンが現れた。まだ子供だった。
ドラゴンも子供だとわかるが……紅一点である少女が抱えているあれはなんだ? 恐らく高位の魔物。ユオブリアでは、ドラゴンだけでなく少女が高位の魔物を手なづけるものなのか?
それぞれの上着から顔を出したドラゴンを見て血の気がひく。
厳しい地に住むものは、自然を敬い、自然の声を聞く。いつも風にさらされるだけの砂地が怯えていた。自分たちが踏んでも滅多に聞かない砂ぶみの声をあげている。無条件降伏の声を。
ドラゴンの赤子に対してだけではない。あの小さな白い獣だ。隙のない目。風も避けて通っている。彼らはそこで薬を入れたとしても、あの獣、いや高位の魔物やドラゴンは気づくだろうと。
睡眠薬は使えない。敵は魔法持ち。議会がやってくるのは明日の午前中。
そこまでどうするか。
初めて第四大陸を訪れ歩いた人は疲弊する。一瞬にして体の水分を持っていかれ、それでも体を使っていると、ただ歩いているだけでも体を酷使したのと同じ状態になる。ゆえに、体は休息を取ろうとする。休める室を用意すれば、みんな寝入ってしまった。
ダコブにもう睡眠薬を入れたのかと言われたけれど、まさかと首を振った。
自然の摂理だ。そして少しでも休んでおけば、夜の眠りは浅くなる。連れていかれそうになり彼らが起き出したとき、ダコブに隙ができるかも知れない。
みんな考えることは同じようだった。年配の役人たちは集まりはしなかったが一人一人がダコブの目を盗んでローブや武器を手にしていた……。
ウダデ族の人たちは言われた通り使節団の様子を見て、夜夜更けになるとドラゴンと少女を引き取りにいき、その前に焼却場に入り火をつけてきた。
水分を口にすることもなく昼の間焼却場に押し込められた人質はほとんどがぐったりとして横になっていた。
ろうそくの灯りに目を開けたものもいたけれど、加害者たちとわかると目を閉じた。そこに火をつけた布を放ってやった。焼却場には乾いた空気と、枯れ木や何かの切れ端などもあり、それらに燃え移っていった。
火が放たれたとわかった人質たちは、体に鞭を打ち起き上がり火のそばにいき火を消そうとしたけれど、少し動くのがやっとで消しきれなかった。
そんな時、外から声が聞こえたーー。




