第1173話 ミネルバ滞在⑥乗っ取り計画
痩せ細った月。非常に心細い状態ではあるものの、移動の際月明かりがあってよかった。
それにしても本当に寒い。っていうか痛い。外気にさらされているのは顔の一部分なのに、それでもこうなのだ。胸に抱えているもふさまがいなかったらヤバイ。
動けない兄さまは大丈夫かな? ドラゴンたちの皮膚はひんやりしているけど、寒い時はあったかくなったりするので、暖が取れるとは思うんだ。
わたしとアダムは兄さまにつき、ダニエルは人質救出に向かうことにした。
敵は今のところ15人。城の中にのしたのがふたり。
夜の砂漠をどう移動するんだろうと思ったけど、彼らはひとつの民家に入っていった。暑さ対策なのか、入り口に簾のようなものはかかっているけれどドアはない。昼間はいいだろうけど、夜はドアを閉めた方が寒さが和らぐのでは?と思ってしまった。けれど、城以外の民家はどこもこんな感じだった。
敵と一緒に中に入るわけにはいかないから家の裏手に回る。
ただ穴の空いている窓部分から覗き込むと、中にはおじいさんとおばあさんが柱にぐるぐる巻きにされている。口には猿轡だ。
アダムは窓から中へと侵入する。おじいさんたちは目を大きくしている。アダムは振り返って、わたしに手を差し伸べる。アダムの手に縋り壁をよじ登ろうと思ったけれど、無理だ。アダムがわたしの脇を持って上にあげてくれた。おお。
面倒をかけてごめん、ありがとねと手をあげてボディーランゲージを送ったけど、それには無反応。
アダムはおじいさんたちの前にすぐにしゃがみ込み、口の前に人差し指を立てる。
おじいさんたちがうなずくと、まず猿轡をはずした。
「リディア嬢、ここは彼らの家かどうか聞いて」
わたしは通訳する。
おじいちゃんは頷いた。
「今日明日は家から出るなと言われていたのだけど、急に肌の白い外国の奴らがやってきて、わしらを縛ったんだ」
と教えてくれた。
今日の朝、アネリストから来たという奴らがやってきて、城を占拠。王族を含め、老人以外を集めて人質とした。人質を無事に返して欲しければいうことを聞けと言われ、共用語の話せる老人は城に、他のものは今日と明日家から出るなと言われたらしい。この家からは子供夫婦と孫夫婦とひ孫ひとりが人質として取られた。
突然のことで何もできることはなく、家で気を揉んでいると、また奴らがやってきて縛られたと言った。男たちは何か言っていたけれど、訳してくれる城に連れて行かれた者がいないと、何を言っているのかわからなかったとのことだ。
通訳するとアダムはうなずく。
「夜に移動するのは自殺行為だ。夜が明けてから、出発するつもりなんだろう」
暑い昼間より寒さの中の移動の方がいいような気もするけど、月明かりが心細い今夜は夜歩くのは危険なのかもしれない。それで明け方のまだ暑くなりきらないうちに移動するのかもしれない。
「君はここにいて」
アダムは様子を見てくると、隣の部屋へと移動していった。
縄を解いたけど、奴らがきた時のためと言っておじいさんたちは柱のところに座りこんでいる。寒くないかと尋ねたところ、ラのつく獣のかわを着込んでいるから大丈夫と言った。
その時、小さい何かが転がり込んできたと思ったらアオだった。
「リディア、大変でち」
お祖父さんとおばあさんが目を丸くしている。わたしは他言無用でとお願いした。
「どうしたの?」
兄さまに何かあったのかと焦る。
「奴らは王都を乗っ取るつもりでち」
乗っ取り!?
驚くのと同時にそういうことかと納得する。
ここから出ていかないのは、移動が厳しいためかと思ったけど、ここを乗っ取るための方がしっくりくる。
「火事にして人質を焼いて、全部アネなんとかがしたことにする気でち!」
なんですって?
人質は焼却場にって……。
「アオ、アダムに同じように伝えて」
「がってん承知でち!」
アオが踵を返す。
わたしはおじいさんとおばあさんにミネルバ語で告げる。
「彼らはアネリスト人ではありません。アネリストの所為にしてひどいことを考えています。わたしは救出に向かいます。おふたりは……ここにいてください。奴らがきて、危ないと思ったら逃げてください。それから今から見ることも秘密に」
ふたりは不安そうな顔をしながら頷く。
「もふさま」
大きくなってもらって、上に乗り込む。
もふさまは窓の穴を飛び越えた。そして闇夜の中を走る。
「もふさま、焼却場わかる?」
『あちらにわらわらと人族の気配がする』
もふさまの跳躍であっという間に城の裏側に。
そこは騒がしく緊迫していた。
煙が上がってる。
塞がれた窓を壊した跡、そこから子供を引き上げて出している。
「ダニエル!」
わたしは子供を窓から受け取っているダニエルを呼んだ。
「リディア嬢!」
顔には煤が。
「アオから聞いた」
「魔法がかかっているみたいで扉が開かない。私の魔法じゃ破壊できない。リディア嬢かお遣いさまが破壊してみてくれ」
「わかった!」
扉をガンガン叩いていたおじいさんたちに離れてもらう。
風の渦を作って扉を攻撃したけど、びくともしない。
周りの部分もやってみたけれど、だめだ、どうにもならない。
中からは煙で咳き込む音が聞こえてくる。
「皆さん、口元を覆って、背を低くして!」
わたしは大きな声で注意した。
「もふさま」
もふさまは頷いて、焼却場だという入り口を蹴った。
『……これは強力な神力が張ってあるな』
神力? 神力をどうやって。
こっちにアダムにきてもらった方がよかった?
「リディー!」
兄さま!?
「リディー、無事だね?」
ギュッと抱きしめられる。
「わたしはなんともない。捕えられたのは兄さまでしょ。大丈夫?」
「ああ、なんてことない」
と、わたしたちが話している間に、アダムは神属性の攻撃をドアに。
アリやクイもやってみたけれど、扉はびくともしない。
中で咳き込みがひどくなり、パチパチと爆ぜるような音も大きくなってきた。




