第1172話 ミネルバ滞在⑤夜更けの取り引き
「お嬢ちゃんの抱えている白い魔物は高位だろう? ドラゴンも薬になんてすぐ気づく。騒ぎになったら失敗したと判断され、人質はなかったこととして殺される。だから薬など入れられなかっただけだ」
わたしの胸元から顔だけ出しているもふさまを見て年配の人は言った。
通訳するとダニエルが尋ねる。
「でも今、こちらの方をどうにかしようとされてましたよね?」
通訳すれば、彼らは自身で手にしている武器や縄を見る。
彼らの計画は……薬で眠らせることはできない。でも夜は普通に眠ると思っていた。それでローブの人たちに運ばせる気だった。
眠らされているわけではないから、わたしを連れ去ろうとすれば、わたしも気づくし、ドラゴンや使節団が黙っちゃいない。明日になれば世界議会からも人がやってくる。そこで助けを求める気だったようだ。少数の老人だけでは、人質を取られていることもあり、ここにやってきた者たちへの反撃は無理だった。
けれどそこでハプニング。
わたしたちは書に夢中で全然眠らない。書物の穴、失礼、室へ様子を見にきていたようで、わたしたちが全然眠らないじゃないかと責められていたのがさっきの場面。
おじいちゃんたちは申し訳ないと、苦痛に顔を歪めている。
でもね、何をどう思ったにしろ、事実は「睡眠薬を入れなかった」と、「ローブの人を捕らえようとしていた」ってことだと思う。
それにわたしたちをローブの人たちに運ばせるつもりだったというけど、それなら武器や縄など用意しておく必要はない。さっき咄嗟に出ただろう「あれはまだ子供だ!」と言ったのが全てだと思う。人質も返してほしいけど、捕らえよとされているわたしたちもまだ子供でためらっていたという気持ちがね。
「城の中にいる敵はこの者だけか聞いてくれる?」
アダムに言われてその通りに尋ねた。
「そうだ。外にはまだアネリストの奴らがいる。そいつらに深夜過ぎ、お嬢ちゃんとドラゴンを引き渡すことになっている」
ということは、外にわらわらと敵がいるってことね。
通訳すれば、アダムは少し考えた。
「リディア嬢、アネリストからの留学生は鑑定して〝王子〟だったんだよね?」
わたしがうなずくと、アダムとダニエルは顔を合わせる。
「もしかするとアネリストではなく、よりたちの悪い団体なのかもしれない」
え? どういうこと?
「アネリストは野心のある国かもしれないけど、王子を〝留学〟させるという手段をとっている。君とドラゴンを攫ってバレたときどんな非難を受けるかわからないのに、そんな暴挙を取るようには思えない。政局が真っ二つに割れてるとかかもしれないけどな」
「どちらにしても、誰がなんの目的でというところを確かめておかないと、安心して眠れない」
アダムとダニエルが言い合う。
「わかった、私がリディーになろう」
兄さまが自嘲気味に言った。
「それはいい手だな」
え。
アダムは表情を変えてない。
いい手と言いながら特別とも思っていないようにさらっと会話は続く。
「幸い来る時はローブで顔もほぼ隠れていた。フランツならいける」
ダニエルも太鼓判を押す。
「ええっ? ちょっと待って。捕らえられるフリをするってことよね? いやよ、わたしのフリで兄さまが捕まるなんて」
「……強制的に眠っているのと、言うこと黙って聞くの、どっちがいい?」
アダムの顔が笑ってない。
「リディー、夜更けまでに時間がないんだ。聞き分けて」
兄さまにも淡々とさとされた!
「じゃあ、へ……」
「却下。回収が難しくなるから、君は僕とここに残る。みんなも協力してくれるね?」
変化の「へ」までしか言えてないのに却下だ。
アダムがそう言えば、もふもふ軍団も赤ちゃんたちも返事をする。
アダムは共用語で、代表者たちに話しかける。
私たちも〝敵〟を見定めたい、と。
だから眠らせられたふりをする。皆さんは連れていく代わりに人質の居場所を聞いてください、と。
兄さまはドラゴンの赤ちゃんたちを自分のマントの中に呼び込む。そして横になった。
「彼の名は?」
アダムは気絶しているローブの男を指でさす。
「ダコブと呼ばれてました」
「ダコブはどこに行ったのかわからない。腹が痛いって言ってたなと言ってください。約束通り、ドラゴンと懐かれている令嬢を眠らせて連れてきたのに、奴が来ないんだ、と」
ダニエルが気絶しているダコブを引きずって、壁に寄せ、その上に敷物をかけた。
代表は重たく頷いた。
『来るぞ』
もふさまが教えてくれたので、誰かが来るとみんなに伝える。
レオがリュックを咥えている。兄さまに持たせて、自分もそのリュックの中に入り込んだ。
わたしたちは部屋から出て、壁の裏側に座り込む。
入り口以外にも窓のイメージなのか穴は空いているので、中の様子を見ることができる。
「やればできるじゃないか」
部屋の中で白い息を吐きながら、男たちはニヤニヤしている。みんなおじいちゃんたちみたいに肌はあさ黒くない。
共用語で話している。
ドラゴンを抱え込みながら横になっている兄さまを見下ろしている。
「ダコブはどうした?」
アダムに言われた通り代表は返した。
「約束は守った。人質を返せ」
「裏の焼却場にみんないるぜ?」
男たちはダコブを待つ一人を残し出て行こうとした。ひとりが兄さまを抱えあげる。
「ドラゴンが重いのか? けっこう重たいぞ?」
「ちっちゃな娘一人も持てないのか? 俺が持ってやる」
「持てないなんて言ってねーだろ? 小さいって聞いてたからそれにしては重たいって思ったんだよ」
「待て」
先頭の人が待ったをかける。
どきんとする。
「本当に中身は少女か確めろ」
アダムが中腰になり、どこからか剣を出した。
男は乱雑に兄さまをおろし、マントとローブで隠した顔部分をめくるようにする。
「さすが貴族の嬢ちゃんだ。べっぴんさんだ」
ほーっと息を吐き出す。
兄さま、少女のふりでバレなかった。
男は兄さまを担ぎなおして、城の通路を歩いていく。それを追いかけるように代表たちが。裏の焼却場に行くんだろう。
アダムがスッと部屋に入り、ダコブを待つ男をのした。そしてダコブの上にそいつをおいて、上に敷物を。
わたしたちは少し距離を置いて後をつけた。
「彼らを鑑定して」
部屋から出たからだろう。ダニエルに言われて、前を行く兄さまを連れている人たちを鑑定すると……。
「ウダデ族の人たちみたい」
わたしは小さな声で告げた。
アネリストではなかったんだ。アネリスト人のふりをしていたってことだね。




