第1164話 提案④毒には毒 セインには女王を
「花嫁がいないと成立しない策しかないのか?」
ロサが尋ねる。
「セインに奴隷落ちして、いいように使われている獣憑きたちを解放してやりたいと思ってさ。神聖国の女王としてリディア嬢に嫁ぐふりをしてほしかったんだ」
急に思い出す。エリンの未来視。わたしがガゴチに嫁ぐ場面を見たと。……もしかして、結局わたしは演じることになるわけ? なんか嫌な予感。
「でも、それは却下だ。リディア嬢を女王になんか立ててみろ。それこそセインの狙いがリディア嬢に向くじゃないか。そんな危険なことにつき合わせられない」
アダムがキッパリと拒否してくれた。
「……わかった。違う方法を考えてみる。けれど、リディア嬢はもう世界から注視を受けている。いつまでも隠すことを考えるのではなく、自身が縛られることのない自由でそして強い存在だということを知らしめたほうがいいと思う」
ガインの言葉は何気にわたしの心に突き刺さった。
「ドラゴンのことなら、各大陸を回ることで軋轢はなくなる」
兄さまが静かに言った。
「それはもう終わったこと……あ、そうか。ユオブリアには獣憑きタイプの奴隷がいないんだったな。だからそちらの情報もないというわけか」
ガインは父さまがよくするように、顎に手をやっている。
「どういうことだ?」
ロサが尋ねた。
「第六大陸で奴隷の隷属を解いたのだろう?」
あ。
クラッシャーくん。
「オーランドの王さまがいいって言った」
好きにしていいって言ったもん。
「いや、そこじゃなくて。隷属の輪を契約者でもない者が解いたということは、君は隷属されているすべての奴隷の頂点に立つことも、奴隷たちを解放することもできるということなんだ。そこ、わかってる?」
「何、言ってるの?」
笑い飛ばそうとして失敗する。
「君のところにドラゴンが助けを求めるかのように訪れるんだってね? これからは逃げ出せた奴隷がいたとしたら、君のところに助けを求めにいくかもね」
え。
「もしくは奴隷をわざと逃がして君の仕業だと騒ぎ立て、何か他の要求をしてくるところがあるかもしれない」
!
ん?
「わたしが神聖国の女王になると、それらをすべて解決できるわけ?」
ガインは口の端を少しあげた。それには明確に答えない。
「ユオブリアを敵視しているのは、エレイブ大陸ではセインぐらいだ。
現在、リディア嬢は各大陸を回っているけれど、世界議会の転移の力を借りなければ、他大陸に行くことは難しい」
ぎくっとしてしまう。
「第二と第三の行き来はある程度できてしまう。転移ができるものもいるしね。ノエルくんもそうだ。だから第三大陸の獣憑き、奴隷の問題はリディア嬢に結びつけやすい。でも、そんなことを考えるのはセインぐらいだ。他大陸の奴隷のことなどは、リディア嬢が大陸に居なくちゃ話が始まらない。
神獣・聖獣の加護のあるリディア嬢は空や海から大陸を渡る手立てがあったとしても、〝転移〟という手段がなければ、他の大陸の奴らはリディア嬢を連れ去ることは難しい。
人智を超えた存在が手を貸したりしない限りはね」
思い切り、当てはまってるね。人智を超えた存在を組み込んでいるバッカスだが、カザエルだが、グレナンだかが。
だから一緒にセインを倒すべきで、セインには女王となりそんなことを二度と企めないよう「聖域」も「証」も女王となったわたしが始末するべきという持論らしい。
クラッシャーくんを使ってしまったのはまずかったと思った。確かに奴隷たちに逃がしてくれと助けを求められることもあるかもしれないし、逃げた人がいたらクラッシャーくんを持ってるわたしが疑われるかもしれないと思ったし、奴隷が何かを起こし逃げおうせたら、わたしのせいにすることができると思った。
でも逆説的に、そんなわかりやすいことはしないし、今は大陸行脚があるけど、普通の伯爵令嬢は大陸をそう渡ったりしないから言いがかりになるし、だから今までとわたしの立場は変わらないと思った。
ガインの話の持っていき方で一瞬焦ったけど、ガインも認めているように、言いがかりをつけてくるのはセインぐらいだと思う。クラッシャーくんを使ってしまったのは考えが及んでなかった点で心に留めるけど。
結局、セインはフレデリカさまの制裁ぐらいでは止まれなくて。わたしたちはやられる前にその計画を潰さなければならない。
「どれくらい計画は練っているんだ?」
そこから細かい打ち合わせが始まった。
といっても、まだ調べることもあるし、仕掛ける時期というものもある。
仕掛ける時期は、わたしの魔法戦の課外授業の時だそうだ。
ガゴチがつかんだ情報では、セイン以外にも2箇所、第三大陸の貴族がドラゴンちゃんとおまけにわたしを手に入れようと考えているそうだ。
っていうか、なんで課外授業のこと知ってるのよと言い合いになったんだけど。
今年、先生たちは本当に気をつけているそうだ。
1日の野宿だし、場所も外に漏らしていない。
他国は課外授業のとき、生徒たちの後をつけていく算段を立てているらしい。
案を出し合い、その時は兄さまも生き生きとしていた。
決戦は課外授業で外に出た時から。それまでは微調整をしながらさらに案を練り直していくそうだ。
わたしは疲れがピークになり、最後の方の記憶が怪しい。帰りの馬車に乗ったところで早々に眠ってしまった。父さまから課外授業の参加オッケーをもらうために説得しなくちゃと思っていたのに。そのまま夕飯も食べずに寝てしまい、起きたら明け方だった。
わたしの疲れ具合を考慮して、次は第四大陸のミネルバだったのだけど、1週空けてくれることになったそうだ。




