第1136話 暴く⑬切り札
「取り引きなら応じるわ」
なんでもないような顔をしているけれど、焦っているのね。取り引きしたいという時点で、状況が悪いと思ってるってことだ。
だったらそんな好機なんかあげない。
「うーーん、どうしよっかなー。あ、でもやっぱり、本当は検討がついているから結構です」
人差し指を顎の横に添えてにっこりと笑って見せる。
第六夫人はお怒りだ。イラッとくるようにわざとそういう態度取ってるんだもの、当たり前か。
「嘘よ、わかるわけないわ!」
「ふふ、セインのバックが誰かということがわかれば、答えは自ずと出てきます」
背景に炎を背負っていそうな第六夫人。それでも凛として美しい。
アクセサリーで着飾らなくても、この人の強さはその佇まいから滲みでている。
たおやかで穏やかで、誰かの意見にうなずいてばかりいるのは、魂の入ってないレベッカさま。
彼女は自分に絶対の自信を持っている。羨ましいぐらいに。
だから、多少アクシデントはあったものの、最後が彼女が思い描くようにいくと思っている。それはある意味正しいけれど、こっちもやられてばかりではいられない。
「わたしにひどく執着している困ったちゃん、バッカス、またの名をカザエルですね。計画を立てたのは。
それだけでも厄介なのに、セインの後ろに元々いるのは……グレナンですね?」
ナムル。元ホアータ家はグレナンの末裔だとか話があった。
ドラゴンの卵は攫われたもの。
巣は火山の火口だったり、雲の中だったり、水晶の洞窟だったり、砂漠の中の一本木だったり、マグマの中だったりする。そんな過酷な環境&ドラゴンしかいない中に誰が入っていって、卵をとってこられるというんだろう? そこが謎だった。超越した存在しか無理と思った。
ほとんどが目を離した隙に卵がなくなっていたと発言していたけれど、ひと種族だけ相手が卵を取っていったと言ってた。ふたりの仲があまりいいものじゃなかったのと。卵は待ち望まれ、生まれたとしても育つかどうかわからないもので、本当に貴重だ。だから仲間、ましてや親が連れ去るなんてことは思わないから、互いになすりつけているのだろうと思ってしまった。でも、実はそれが正しいんじゃないの?
元々終焉にはカザエルだけではなく、グレナンも噛んでいた。そうわたしたちは推測していた。でも終焉にはまだ時間があるから。わたしに執着もしているし、バッカスとカザエルがバックと思い込んだ。
けれどそういえばセインの裏にはグレナンがいたんだ。グレナンといえば〝伝心〟。同族同士だけでなく、それを他種族へと活用できるようになっていてもおかしくない。
2年前にすでにそこから派生しただろう〝乗り移り〟が横行していたのだから、本家の彼らはとっくにできるんじゃないかな? 媒体を使わずとも、伝心を能力として使うことが。
いや、グレナンだけじゃないか。もしバッカスであったとしても、ただ人のいうことを鵜呑みにするようになるとか、シュタイン家を憎むだとか、そういったものを作ってるから、バッカスがやったことかもしれない。
グレナンだかバッカスだかわからないけど、きっとドラゴンを操れる何かがもうあるんじゃないかな?
ある程度は近づかなきゃいうことを聞かせられないのだろうから、それができる時点で超人的だとは思うけどさ。
一時的にドラゴンの精神を乗っ取って、卵をとってきたんじゃないかと思う。
同種族のドラゴンが巣の中にいたって、それは見咎められることではない。うまいこと卵を隠しながらね。
精神を乗っ取られたドラゴンは後で目を覚ます。あれ、なんだっけ? ぐらいなのかな?
それでいくと、ドラゴンを操れるならそのままユオブリアを壊すことも可能なのになぜそうしなかったかと疑問が出る。推測だけど、長期に渡り精神を乗っ取るのは難しいことなのかなと思った。疲弊することなんだと。ドラゴンのいる場所からユオブリアまでの距離があればあるほど、その理論でいけば難しくなる。
精神の乗っ取りではなく、〝指示〟することが可能なら、どうしてユオブリアをそのまま破壊しなかったのは不思議だけど。
ちょっと脱線しかけた思考を戻す。
セインという国、それからグレナン、バッカスという名のカザエル。みんながもうユオブリアを狙っていた。2年後に唐突にこれらの国が突撃してきて終焉になるのではなく、水面下でずっと狙われていたんだ。それで2年後まではなんとかかわせてのだけど……ということなんだろう。
とにかく今回の立太子妨害では、姿を表したくなかった。自分たちの名前を出したくなかった。
ユオブリアの中だけの揉め事で、権力を手にしたかった令嬢が、策を練りすぎて手に負えなくなり、国ごと自滅したとしようとしている。
そうは問屋が卸さないっての!
「子供と思わないようにというのは、あながち過大評価ではないのね。けれど、何を怖がっているのか。所詮、お尻に卵の殻をつけているひよっこには違いないわ」
第六夫人は高らかに嗤う。
「皆さま、ご機嫌よう。遮断した空間に閉じ込めたことで安心しているところがひよっこだわ。そんな妄信しかできない自分たちを悔やむといい」
第六夫人はネックレスの先を口に含んだ。
笛?
わたしの耳には聞こえなかったけど、もふさまがピクッとする。
嫌な予感がする。遮断した空間と言った。まさか!
爆発音。
第六夫人が駆け出したのをジェイお兄さんとブライが捕まえる。笛を口から外し拘束したけど、第六夫人はニヤッと笑っている。
キリロフが激しく騒ぐ。さるぐつわが少しズレた。
「に、逃げなければ。外してくれ! ドラゴンが来る。外してくれ!」
ぎゃっぎゃっっと大きい音が聞こえた。鳴き声みたいな。
ロサたちが窓際に走り寄る。
窓を開ければ砂埃? 灰色の煙が窓から入ってくる。
「幼体が外に……?」
アダムの声が絶望している。
秘密基地に笛の音が通って、幼体が出てきたってこと?
この鳴き声は親を呼んでる?
「いや、違う!」
ロサが鋭く言った。
違うって何? 何がどうして?
「早く逃げないと皆死んでしまうわよ。親ドラゴンが声を聞きつけてこの国を潰すだろうから」
そうか。何も卵5個、幼体2体を捕まえてきただけとは限らない。
切り札として持ち込んでいたんだ。グレナンだかカザエルの技術があれば眠らせておくことも可能なら、思う時に起こすことも可能だろう。
「お嬢ちゃん、調子に乗って手の内を見せすぎたのよ」
ありがたい助言をくださる。
「この状況、あなたも無事でいられないのでは?」
「バレたなら、生き恥を晒すだけ。それならみんな道連れに死んでやるわ」
おいおい。
「ダニエル、みんなを避難所に!」
ロサがダニエルに指示を出した。
ダニエルが視線でアイボリー嬢、マーヤ嬢にヘルプを求める。
「エリン、ノエル。ダニエルを補佐して夫人たちや子供たちを守れ」
アラ兄がエリンとノエルに指示を出す。
近衛騎士は陛下を急かす。夫人たちもだ。騎士たちはキリロフやメルヴィル侯爵を引っ立てる。
「城の者をみんな、避難所へ」
陛下も指示を出した。
ロサとアダムが駆け出す。第六夫人を騎士に頼み、ブライとジェイお兄さんも駆け出す。わたしもアラ兄、ロビ兄に続く。隣に兄さま。もふさまは大きくなってわたしを背中に乗せた。イザークとルシオも走り出す。外へ!




