第111話 名も無いダンジョン②サブルーム
ペタペタ。小さな音がして。ベッドの足の影から現れたのは、ペンギン?
わたしの膝丈ぐらいのペンギンはわたしたちに向かって頭を下げた。
「おいら、アオでち。サブハウスの管理してるでち」
上目遣いにわたしを見る。
「マスター、でち?」
ぼうっとしていたら、もふさまに足を踏まれた。
「リディア、です」
〝アオ〟の真っ黒の潤んだような瞳が揺れる。奥底に哀しみが潜んでいる気がして、けれどなんと声をかけていいかわからず、口を閉じた。
「マスター・リディア、認証」
機械なような音声が続く。
『アオ、データ、共有』
「データ、共有」
画面のハウスさんとアオが見つめ合う。ピーっという高い音が続く。やがて音が止み、アオは急に飛び跳ねた。
『サブルームのことはアオが詳しいので、彼から聞いてください』
にこっと微笑むハウスさんにアルノルトさんが言った。
「私がこちらに来ている間、奥様や妻に危険が迫った場合、ハウスさんが察知した時点で強制的にメインルームに転移をお願いできるだろうか?」
ハウスさんは頷いた。
『マスター、奥さまやピドリナさまに確認を取らずとも、強制的に転移をしていい許可を』
「許可します。お願い、します」
ハウスさんにお願いすると、とろけるような笑顔になった。
『ハウスのことはお任せを。アオ、そちらのことは頼みましたよ』
「はい、メインさま」
モニターが消えた。
「何が知りたいんでちか?」
ペンギンは首を傾げる。
「触っていい?」
尋ねると、足を一歩引く。
「いいでちけど……」
慎みという文化は脇に置いて、許可をいただいたときはわしゃわしゃ撫で回す。
触れる! 見かけはペンギンのように見える。ペンギンは触ったことないけど、キクラゲみたいな手触りではないかと勝手に想像していた。それとは違い、アヒルみたいな手触りの短い羽毛で驚いた。
ハウスさんは魔で構築されていて実態がないけれど、サブハウスの責任者?責任鳥?は実体がある。不思議。
コホンと父さまが咳払い。
「このサブハウスはなんなのだ?」
「前マスターが、隠れ家として使っていた家でち。向こうのハウスをメインとしたので、こちらがサブでち」
なるほど、隠れ家か。
「隠れ家は今はどなたが住んでいるのですか?」
アルノルトさんが尋ねると、ペンギンは首を傾げた。
「マスターのものでち。マスターが変わったから、今は現マスターのものでち」
あ。わたしはマップを静かに呼び出す。
「マスター・リディア、何をしているでちか?」
自分だけで見るつもりだったけど、アオは気づいたようだ。
「ステータスオープン、マップモード」
わたしはマップを呼び出した。
「ここ、どこか、地図でみよう思った」
ところが何もないところに現在地である十字が現れているだけだ。
どこかに地図がひっかからないかと思ってマップを最大限、広範囲に広げたが、周りには何もない。
「隠れ家の中を見るのは可能だろうか?」
「はい、父さま」
アオがそう言ったので、父さまが目を瞬く。
「アオはハウスさんみたいに魔力でできているんじゃなくて、体があるんだね」
ロビ兄がズバリ言った。
アオは首を傾げる。
「はい、ロビ兄。前・マスターが消えないように合わせてくれまちた」
合わせて?
アオはわたしの呼び方で、みんなを記憶したみたいだ。
もふさまがアオの匂いを嗅ぐ。
『混ざり合った匂いだ』
混ざりあった?
「サブハウスを案内するでち。転移」
居間に戻ったのかと錯覚した。暖炉の位置もドアも同じ位置にあったからだ。わたしたちの住む家、メインハウスの方の居間は寝転んだりしてもいいようにラグをひいた。それがないのと、こちらは椅子の数が少なくて気づいた。よく見ると、椅子も違うものだ。ってことは?とドアを開けると、同じような廊下。同じドアの数、配置に、2階へと続く階段。炊事場も同じ位置。引っ越してきた時のような家具のない感じだったけれど。
「外に出てみても大丈夫だろうか?」
「いいでち」
父さまが尋ねると、アオは頷く。
アオがペンギンが歩くように少し羽を上に上げてよちよち先頭を歩いていく。
ドアの前で振り返る。父さまがドアを開けた。
庭も庭先の柵まで一緒だ。その先は違う。枯れた森が広がっている。開いていたマップが変化した。このずっと先に赤い点がいくつか現れた。
「父さま!」
父さまはマップを覗き込む。
「アオ、この先には何があるんだ? 前マスターは何故ここに隠れ家を作ったんだろうか?」
「サブルームあればここに転移できるから、ここに隠れ家作ったでち。先にあるのは〝ダンジョン〟でち。前マスターはよく行ってたでち」
「「「「「「ダンジョン?」」」」」」
わたしたちは色めきあった。
「アルノルト、当たりだ!」
アラ兄が嬉しそうに言って、アルノルトさんとハイタッチしている。ハイタッチはもともとわたしが教えたが、もう使いこなしている。よくわからないけど、なんかジェラシー。
「父さま、行ってみよう!」
ロビ兄が父さまの腕を揺する。
「待て、装備がない」
「父さま、ダンジョンに入るのではなくて、ダンジョンがあるのかだけ確認に行こうよ。あったら、ちゃんと装備してまた来ればいい」
兄さまが提案すると、父さまは顎を触った。
「アルノルト、何か持ってるか?」
アルノルトさんは胸の内ポケットから短剣を出した。
「リー」
ロビ兄に名前を呼ばれ、わたしは収納ポケットから、兄さまたちの予備の短剣を取り出した。
そしてもふさまに目を止め、その横に目がいった。
ひよこちゃん、どうするよ。
「ひよこちゃん、どうしよう」
困ったなと見ると一層ひよひよと鳴き声が高まった。
「一緒に行くって言ってるでち」
「ひよこちゃんの言葉わかるの?」
「おいら、有能だからわかるでち」
確かに有能。
「でもどうやって」
ひよこちゃんはもふさまから飛び降りて、それぞれ〝人〟に寄り添っていく。
いや、一羽だけもふさまに。なんでわたしにだけ来ないの?
ひよこは6羽。わたしたちは6人と1匹。ひよこちゃんは5人と1匹に寄り添う。
「マスターはおいらと一緒でち」
「……アオ、サブハウスから、離れて、平気?」
アオはこくんと頷いた。ハウスさんは家から離れられないみたいなのに、メインとサブで違いがあるんだね。
でもそれよりもっと基本的な問題に気づいた。靴、ないじゃん。




