16.お前じゃ足りないよ
聖剣エグゼカリバール。
王国に代々伝わる一振りであり、魔王を倒せる唯一の力とされていた。
それが――
「砕けた様も奇麗じゃったのう」
「そ、そんな馬鹿な……」
魔王によって破壊された。
粉々に砕け散った刃が、風に舞って消えていく。
ミゲルは唖然として、砕けた聖剣を握ったまま固まる。
「嘘だ……こんなことが……」
「ふふふっ、良い表情じゃ」
魔王が腕で叩く。
呆然と立ち尽くしていたミゲルは、防御もせずに吹き飛ぶ。
そのまま壁に衝突して、地面に倒れ込む。
「ぐほっ……ぅ、く……」
「残念じゃったな勇者よ。貴様の剣は妾に届かぬ」
魔王はミゲルに躙りよる。
立ち上がろうとするミゲルだったが、吹き飛ばされたダメージから動けない。
自信たっぷりだったあの頃が嘘のように、怯えた表情を浮かべる。
そして――
「ま、待ってくれ!」
「む、なんじゃ?」
「み、見逃してくれないか?」
「……なんじゃと?」
「僕は戦いたくてここに来たわけじゃない! 勇者に選ばれたから仕方なく戦ってただけなんだ!」
あろうことか、命乞いを始めた。
「勇者が魔王に命乞いか……何とも惨めじゃのう」
「た、頼む! 金なら払える! 必要な物があるなら言ってほしい!」
「必要な物か? ならば貴様の命をもらおう」
「なっ……」
残念ながら、彼の命乞いは聞き入れられなかったようだ。
魔王は不機嫌になり、苛立ちながら言う。
「情けない。それが勇者のすることか! 貴様のような人間に妾たちは……命乞いなど、断じて許すものか!」
魔王は怒り、腕を高く上げる。
手刀には殺意がのっている。
本気でミゲルを殺そうとしているようだった。
ミゲルも直感的に死を悟り、目を瞑ってしまう。
やれやれ……
「さらばじゃ」
「――剣の雨よ」
「っ!?」
二人の間に剣が降り注ぐ。
魔王は感知し、後方に跳んで回避した。
「まったく、世話のやける奴だな」
ミゲルがゆっくりと瞼をあける。
目の前に立つ俺を見て、彼は目を丸くする。
「お、お前は……」
「久しぶりだな、馬鹿兄貴」
「ジーク……か? なぜこんな場所に」
「この状況で聞くことか? 情けなく命乞いしてたくせに、案外まだ余裕あるな」
「なっ、貴様――」
「何者じゃ?」
ミゲルの声を遮り、魔王が俺に問いかけてきた。
俺は魔王と視線を合わせる。
「通りすがりの冒険者だよ。一応、この情けない勇者の弟でもある」
「ほう、兄を助けに来たのか?」
「まぁそんなところだ」
とても不本意ではあるけどな。
こんな奴でも俺の兄だ。
目の前で殺されると、さすがに気分が悪い。
「で、いつまで寝てるつもりだ? さっさと起き上がって逃げろ。魔王の相手は俺がする」
「馬鹿か貴様は! 魔王を倒すのは勇者の役割だぞ!」
「はぁ、その勇者がふがいないから、こうして出てきたんだが?」
相変わらず自尊心だけは高い。
こんな状況に追い込まれても、何一つ変わらない。
呆れてしまった俺は、大きくため息をこぼす。
「いいから逃げろ。どうせもう戦えないだろ?」
「た、戦える! 僕には聖剣がっ――」
砕けた剣を持ち上げて、ミゲルはピタリと固まる。
興奮しすぎて忘れていたのか。
剣が砕けていることに、今さら気づいたようなリアクションを見せる。
「もうわかっただろ?」
「だ、だが聖剣でなければ魔王は倒せん!」
「おい、もしかしてまだ気づいてないのか?」
「何がだ?」
この様子だと、本当に気づいていないらしい。
何度も呆れさせられたが、今回が最大だ。
俺はわかっていない馬鹿兄貴に、現実を突きつけるように言う。
「それは聖剣なんかじゃない」
「なっ、何を言っている!」
「偽物だと言ったんだよ」
「そ……そんなわけあるか! これは王家に代々伝わる聖剣だ! 偽物であるはずが――」
「だったら、どうして簡単に砕けた?」
俺が力強く問うと、ミゲルは面食らって固まる。
続けて言う。
「聖剣は単なる剣じゃない。魔王と言えど、膂力だけで砕くことは出来ない。そもそも聖剣エグゼカリバールなんて聞いたこともないしな」
千年前の記憶をたどる。
世界には複数の聖剣が存在し、それぞれに特別な意味と力が宿っている。
その中にエグゼカリバールという名はない。
千年前に魔王を倒したのも、別の聖剣ではあることは確かだ。
最初に見た時から違和感があった。
強力な一振りではあるものの、聖剣と呼ぶには力不足だと思ったんだ。
そして、さっき魔王に砕かれた時点で確信した。
聖剣エグゼカリバールなど存在しない。
もしくはレプリカだ。
「嘘だ! 僕は勇者に、聖剣に選ばれたんだ! 偽物であるはずがない……出来損ないのくせにテキトーなことを言うな!」
「その出来損ないに助けられた奴は、それ以下ってことでいいのか?」
「ジークぅ!」
ミゲルが気を失った。
煽られて興奮しすぎたせいだろう。
「おい、これじゃ自力で逃げ――!」
背中から殺気を感じ、振り返って迎撃する。
魔王は背後に魔法陣を展開して、そこから魔力エネルギーの砲撃を放っていた。
咄嗟に剣を生成し、盾に使ったことで難を逃れる。
「あっぶないなぁ、不意打ちか」
「妾は待たされるのが嫌いなのじゃ」
「その割には長く待ってくれたな? お利口なことだ」
「む……妾を子ども扱いするでない。人間風情が」
急に怒り出す魔王。
何気ない発言が、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「別に子ども扱いはしてないけど、まぁいい。それじゃ――」
俺は剣を構える。
「第二ラウンドといこうか」
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