第86話 3度目の戦い
準々決勝となる5回戦、山南高校との試合を4対1で勝利した私達は、学園に戻って大槻さんの対策を練る。と言っても、出来ることは限られているけど。
「私が打撃投手を務めるよ。あの球速に慣れるしかないし、緩急への対策はピッチングマシンを使うしかない」
「そうやな。カノンが打撃投手を務めて、カノンの球を打つのは真凡と友樹と智賀に限定せい。準決勝は、点を取るために打順を変えるで」
「どう変えるのかしら?」
「1番カノン、2番真凡、3番友樹、4番智賀やな。5番に久美を置いて、上位で1点を狙う。下位打線は、なるべくカットして打ちやすい球を選んでいこうや。1試合に2、3球は失投があるで」
準決勝では打順を変えるようで、真凡ちゃんが突っ込んで聞いてみたら、御影監督の打順では私が1番に据えられた。2番に真凡ちゃんを置くのは併殺が怖いけど、それ以上に打率を重視したみたい。3番には本城さんを置いて、4番には今日の試合でもタイムリーツーベースを打った智賀ちゃんを据える打順だ。
5番と6番に久美ちゃんと詩野ちゃんを置いたのは、私の前の8番と9番に鳥本姉妹を置くためかな。詩野ちゃんが6番なのは、7番に優紀ちゃんを置くからだと思う。やっぱり投手と捕手の打順は近い方が、色々と相談や連携がしやすい。
今日の試合で7回を投げ切った久美ちゃんは流石に疲れているし、明日までは投げない練習だけになった。山南高校の打線を1失点で完投したのだから、優紀ちゃんよりも地力があることは証明したかも。
このまま復活すれば湘東学園唯一の左腕という評価じゃなくて、湘東学園のエースにもなれる。準決勝でも、久美ちゃんの登板機会はあるかもしれない。今大会は優紀ちゃんをエースとして据えて戦い抜く予定だけど、準決勝に勝てば決勝の舞台でどちらを先発させるかは考えたいかな。
準決勝までの期間はひたすら速い球を打ち込み、朝倉さんのノビのある球を再現するためにもマウンドから近い場所にバッターボックスを設置した。通常より早いタイミングでバットを振ることに、慣れておきたい。
優紀ちゃんは優紀ちゃんでシンカーの練習をする。シュートが投げられるならシンカーも投げやすいと御影監督は言っていたけど、少し苦戦はしているみたい。
だけど準決勝の2日前に抜く感覚を掴んだのか、大きな変化量のシンカーを優紀ちゃんは会得した。コントロールはまだまだだけど、もしかしたら実戦でも投げさせるかもしれない。私の時も、試合で練習中の球を要求したりしているし、詩野ちゃんがどう扱うかかな。
そして迎えた準決勝当日。今日の試合だけは、敬遠球を打ちに行ってでも勝ちに行きたい。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 三塁手 実松奏音
2番 左翼手 伊藤真凡
3番 一塁手 本城友樹
4番 右翼手 江渕智賀
5番 中堅手 春谷久美
6番 捕手 梅村詩野
7番 投手 西野優紀
8番 遊撃手 鳥本美織
9番 二塁手 鳥本奈織
打順は予定通り大きく変更し、9番には奈織先輩が入った。美織先輩よりも奈織先輩の方が打力はあるので、このような打順になっている。まあ、私は全打席敬遠のつもりで試合に臨む。可能なら盗塁したいけど、難しそうだし警戒もされてそう。
1回表の私の打席でも相手バッテリーの選択は敬遠だし、打たせる気はないかな。大橋さんのキャッチング能力が高いせいで、かなりの速度の敬遠球が遠い場所に決まっていく。それでも、1球だけは当てられそうな球が来ていた。チャンスの時は、迷わずに打ちに行こう。
続く真凡ちゃんもレフト前へ流してノーアウトランナー1塁2塁となり、バッターボックスに迎えるのは3番の本城さん。ここで御影監督のサインは、送りバントだ。
……智賀ちゃんが、大槻さんの緩急のあるカーブやチェンジアップに対応が出来るかと問われれば、怪しいとしか言えない。それでも御影監督は、智賀ちゃんに賭けたんだ。
本城さんが大槻さんのカットボールを上手く一塁線へ転がし、送りバントは成功。ワンナウトランナー2塁3塁となって、今日は4番の智賀ちゃんがバットを構える。最初、野球部に来た時とは雰囲気も構え方も全然違うし、クローズスタンスは様になってきた。
初球から、大槻さんはチェンジアップを投げる。それを智賀ちゃんは空振り、カウントは0-1。すると御影監督がサインを出したので、スクイズをするのかと思いきや、サインの内容はエンドランだった。
迷う間も無く、大槻さんが投球を開始するので私は走る。智賀ちゃんがバントをする気配はなく、バットを何とか当てに行こうとしている。何を投げているのか私には判断が出来なかったけど、鈍い金属音と共に3塁方向へ打球は転がった。
そのまま私はホームへ滑り込み、本塁への送球は無かったためにセーフ。智賀ちゃんは1塁でアウトとなった。
「ワンナウトランナー2塁3塁でエンドランとか、うちの監督は正気じゃないよね」
「私も驚きましたが、シュートだったので何とか当てることは出来ました」
「よく大槻さんのシュートをバットに当てられたね。……たぶん御影監督、シュートという球種すら読んでいたと思うよ」
「ええっ!?あ、でもシュートだから転がりやすいと読んだのでしょうか?」
「たぶんね。大槻さんのシュートは少し沈むし、右打者だと特にゴロになりやすいから」
智賀ちゃんと話ながら、ベンチへと戻る。私の想像通り、御影監督は全てを読み切った上でエンドランを仕掛けていた。この監督を、よく他所から引っ張ってこれたなと私は思う。
1対0と、試合は私達が先制した。次の久美ちゃんはセカンドゴロに倒れたので、試合は1回裏に移る。マウンドには優紀ちゃんが登るけど、前の試合の久美ちゃんのピッチングに影響を受けたのか、今日は気合いが入っている。……というか気配が入り過ぎて気負っているような状態だから、嫌な予感しかしない。




