第85話 エースの世代
準々決勝となる5回戦で、私達の試合の前に和泉大川越と横浜高校の試合が行われる。今年の夏、圧倒的な強さを見せつけて甲子園に出場した横浜高校。対するは、来年度のドラフト候補でもあるエースの大槻さんが率いる和泉大川越だ。
知名度の高い高校同士の試合は、次の試合で湘東学園が試合をすることも相まって観客の数がかなり多い。それだけ、注目度の高い試合ということになる。反対側の山では、既に東洋大相模と鎌倉学院が準決勝への出場を決めている。どちらが決勝まで勝ち上がるのかは、全く分からない。
……いや、東洋大相模のエースになった1年生の柏原さんが安定した成績を残しているし、控えの層も東洋大相模の方が厚いから東洋大相模が勝ちそうかな。東洋大相模の勝ちっぷりを見ていると、よく夏の大会で私達が勝てたと思う。
そんなこんなで始まった横浜高校と和泉大川越の試合は、横浜高校が先攻。和泉大川越の先発は当然大槻さんで、今大会の奪三振記録が狙えるほど、三振の山を築いている。
毎年強打で有名な横浜高校だけど、1回表は大槻さんの前に三者凡退。あれでまだギアが上がって無い状態なので、点を取るなら初回なんだけど、観客席から見ても速くなっていることが分かる。球速は、最速で135キロ。
2年生の秋で135キロは、全国でもトップクラスだろう。女子高生最速の歴代記録が141キロなので、それに比べたら遅いのは確かだけど、プロと遜色ないレベルだ。
「バックネット裏の観客席は、特に凄いわね。いっぱいいっぱいじゃない」
「あれは、大槻さん目当てのプロのスカウトだね。相手も横浜高校だから、複数の球団から来てるかも」
「えっ、そうなの?……プロの、スカウト」
「来年の今頃は、真凡ちゃんも注目されている選手になれたら良いね」
真凡ちゃんがネット裏にいるサングラスをかけた怪しい集団を見ていたので、プロのスカウトが見に来ていることを伝える。……そろそろ、真凡ちゃんや智賀ちゃんも注目される頃なんだ。でも、関東大会まではこのままで切り抜けたい。
今日の試合に勝てば、あと1勝で関東大会に出場することが出来る。私という存在のお陰で、真凡ちゃんや智賀ちゃんの脱初心者までのハードルはかなり上がっている。自身への評価を意識せずにプレーが出来るということは、2人の成長にも繋がっている。
そんなことを考えながら、試合を観戦する。1回裏、ワンナウトランナー1塁の場面で和泉大川越は3番の大橋さんを迎えた。夏の大会で、久美ちゃんからホームランを打った9番のキャッチャーだった人だ。大橋さんは横浜高校のエースから、軽々とツーベースヒットを打って1点を先制。
あれで2年生だったのだから、そりゃクリーンアップに昇格するよね。次の4番には夏の大会で5番だった大槻さんが入っていて、レフト前へタイムリーヒット。この回、和泉大川越は2点を先制した。
「和泉大川越は夏の時より、打線に波があるというか、上位と下位にはっきりとした差があるわね」
「そりゃ、3年生が抜けてるから厚みは減るよ。うちも、小山先輩と大野先輩が抜けた穴は大きかったし」
真凡ちゃんが言及したけど、和泉大川越の上位打線は2年生の時から試合に出ているような、いわゆる大槻世代に合わせて育てられた世代だ。大槻さんが3年生の時に、チームが一番強くなれるようなチーム作りをしている。
一方で、横浜高校は凸凹が無い。1番から9番まで、体格の良い好打者が揃ってはいるけど、飛び抜けた選手はいない。練習試合で積み上げて来たものもあるだろうけど、前の世代が黄金世代だった影響は大きい。
夏の甲子園に出た高校が秋で勝てなくなる原因の中で一番大きいのは、新チームの始動が遅れることだ。横浜高校も例外では無く、甲子園に出たメンバーの中で、2年生は僅か3人。その内の1人は、試合に出ていない。
その3人が来年の中心メンバーであることは確かなのだけど、投手視点で怖さは無い。大槻さんのストレートを、捉えてヒットに出来るようなバッターがいない。
試合はその後、淡々と進む。大槻さんがテンポ良く投げるせいで、横浜高校はテンポ良く凡退していく。4回裏に和泉大川越は1点を追加し、迎えた最終回。7回表のマウンドにも大槻さんが登り、横浜高校のベンチからは終戦ムードが漂う。
好打者は居ても、雰囲気を変える強打者というのが、今の横浜高校には居ないのだろう。結局大槻さんは横浜高校を2安打完封で抑えて、四死球は0という完璧なピッチングを披露して見せた。
私達に勝って夏の甲子園を賑わせた横浜高校は、秋季神奈川県大会ではベスト8という成績に終わった。きっと、冬を超えたらチーム自体が別物になっていると思う。強豪校は、部員数が多いから冬を越す前と後じゃ全く別のメンバーになっていることも多い。
「……大槻さん、凄かったですね」
「夏の時より、もっと凄くなってます」
「うん。夏の大会で勝っているから、そんなに悲観はしなくても良いけど、一切楽観視は出来なくなったね。あの成長度合いは、素直に凄いよ」
久美ちゃんが大槻さんを褒めると、智賀ちゃんは同意して首を縦に振る。夏を超えて成長しているのは、私達だけじゃないということだ。まあ、まずは目の前の試合に集中しよう。後先の事を考えるのは、試合に勝ってからだ。




