第83.5話 初心
4回戦に勝った次の日の昼休み、西野は弁当を持って梅村の机へと向かう。春谷がパンを買うまでの間、西野は奏音が見ていた掲示板を覗いた。
【神奈川県】湘東学園野球部応援スレ part5【実松奏音】
101:競技人口774億人
カノンはこの打席でシングルヒットを打てばサイクルヒット?
102:競技人口774億人
今までの打席がホームラン、スリーベース、ツーベースだからサイクル達成だね
リバースサイクルヒット達成おめでとう
103:競技人口774億人
>>102
まだ確定してないだろ
シングルを打つのは意外と難しいかもしれん
104:競技人口774億人
あと1点を取れればコールドだけど、カノンが決めにいく必要は無いな
105:競技人口774億人
帳尻ヒットキタ━━━━ヽ(≧ω≦)ノ━━━━ッ!!
106:競技人口774億人
片手でシングルヒットを打ちやがった
107:競技人口774億人
お手本のようなセンター返し
108:競技人口774億人
こんな試合でサイクルヒットとか意味無いだろ
109:競技人口774億人
カノンは学園長の娘で学園のお金を野球部に使い込む屑
110:競技人口774億人
本城も怖いバッターだよなぁ
111:競技人口774億人
四球になりそう
112:競技人口774億人
フォアボールでワンナウト満塁
113:競技人口774億人
グラスラ出そう
114:競技人口774億人
>>113
だね。江渕は地区予選で満塁ホームラン打ってたし、将来的には4番に据えられそう。
115:競技人口774億人
あともう一伸びが足りない
116:競技人口774億人
詰まってもレフトの定位置までは飛ばすか
117:競技人口774億人
犠牲フライで11点目
118:競技人口774億人
西野が打たれなければコールド確定だな
119:競技人口774億人
最終回はカノンが投げるんじゃない?
120:競技人口774億人
しれっとチャンスで三振する春谷
今日は4の2なのに存在感ねーな
「何見てるの?」
「うひゃ!?
トイレ、早かったね」
「混んでたから、ご飯を食べてからにするよ。
……そういうの、優紀ちゃんは見ない方が良いと思うよ」
そして、その西野の後ろから梅村がスマートフォンを覗き込む。少し慌てた西野は、奏音も自分と似たような反応になっていたことを思い出し、苦笑しながら弁当を食べる準備を行なった。
「え、何で?」
「優紀ちゃんはネットに疎そうだし、簡単に偽情報に引っかかりそう」
「なにおう。カノンだって見ていたんだし、ちょっと見るぐらいは良いでしょ」
梅村に掲示板を見ない方が良いと言われ、西野はその言葉の真意を問う。その途中でパンを買って来た春谷が合流し、会話の流れから春谷は掲示板について話していることを悟る。
「憶測での誹謗中傷が飛び交うような場所なので、ユキさんは間違っても書き込まない方が良いですね。私も見ない方が良いと思います」
「憶測での誹謗中傷?」
「例えばこれ……『カノンは学園長の娘で学園のお金を野球部に使い込む屑』とかは真っ赤な嘘ですね。そもそもカノンさんは、学園長の娘じゃないですし」
「えっ!?」
「……カノンと学園長は、姪と伯母の関係だよ。そもそも学園長は独身だし、これを書き込んでいる人は、かなりのアホだね。こういうのを信じる人は、滅多にいないと思うけど」
春谷は、西野に掲示板が嘘の溢れる場所だということを説明する。それに対する梅村の何気無い言葉に、西野は奏音へ質問したことを思い出し、冷や汗が流れた。
「そ、そういう詩野ちゃんは掲示板とか見るの?」
「……まあ、まとめを流し読みするぐらいなら。高校野球板だけを見やすくしているアプリとかあるし」
「久美ちゃんは?」
「中学生の頃は入院中によく見ていましたが、最近は滅多に見ませんね。カノンさんがよく見るというのは意外なようで、納得できる部分があります」
西野の質問に、梅村と春谷は正直に答える。梅村は言葉を濁す一方で、春谷は入院中やリハビリ中、頻繁に掲示板を見ていたと暴露し、少し恥ずかしい気分になった。
春谷の意外なようで納得できるという言葉に、西野は確かにと賛同する。たまに、というか結構な頻度でカノンからはネットスラングが出て来るのと、異様なほど雑学に詳しいためだ。そして最大の疑問を、西野は2人にぶつける。
「この、記者の取材を断っているという話は本当なの?」
「本当だよ。カノンが江渕さんと真凡さんのために断ってるし、取材対応はほとんどカノンがしている」
「それは何でなの?」
「あの2人が、注目されていることを隠すためかな。カノン独自の理論だけど、自分が初心者だと思っている内は成長しやすいみたいだよ。もうあの2人、県の中堅校でもスタメン起用されるレベルだけどね」
「ついでに、練習を邪魔されたくないというカノンさん個人の思いもあるからです。これから先、注目度が上がってマスコミが増える可能性もあるので、先手を打ったということです。御影監督とも相談して、受けるべき取材は受けているので、問題は起きてないですね」
それは、取材を断っているということだった。その理由を梅村が喋り、春谷が補足する。その場に居なかったはずの春谷が知っていることに梅村は驚くが、そういう奴だったと思い出して梅村は平静を装う。
「そうなのかー。ありがたいような、ちょっと残念なような……」
「取材を受けたいのであれば、甲子園に出れば嫌でも受けられますよ」
「……うん。そこまで目立ちたいわけじゃないから良いや。まずは目先に迫った5回戦だし、次の試合は完封したいね」
「5回戦は、ユキさんを温存するそうですよ?昨日の試合後、御影監督とカノンさんがそんなことを話していましたし、今日のミーティングで5回戦に向けたことが話されると思います」
梅村は春谷に対して突っ込む気力も起きず、3段弁当の下段に入っているおにぎりを頬張り続ける。春谷が知っているはずのない情報を喋り、それに感心する西野といういつもの昼休みの時間が、今日も流れていた。




