第77話 ラッキーガール
2回裏。ワンナウトランナー2塁の場面でカウント1-1から3球目、久美ちゃんは高速スライダーを3塁方向へ流し打ち、ファールとなった。やっぱり左打ちは高速スライダーが向かって来る分、打ちやすそうかな?
追い込まれてから4球目。久美ちゃんは高めに投げられたノビのあるストレートの釣り球を、バットを止めて見送ったため、カウントは2-2の並行カウント。基本的に並行カウントだと投手有利のカウントだと言われるけど、個人的に2-2はどちらが有利とは言えないカウントだと思う。
5球目に友理さんは、また高速スライダーを投げる。久美ちゃんはファースト方向へ引っ張ったけど、これはファーストゴロだ。
「くっ」
「走り抜けて!」
しかし統光学園のファーストを守る広沢さんがイレギュラーバウンドへの対応をミスし、久美ちゃんがギリギリ間に合ってセーフになった。ワンナウトランナー1塁3塁となって、7番の奈織先輩が打席に入る。
……夏の県大会では基本的に上位で打っていた鳥本姉妹が7番8番に入っていることは、打線の繋がりを良くしたと思う。初球、普通のストレートをあっさりとライトまで運んだ奈織先輩を見て、流石だと思った。
友理さんがこのピンチの場面で高速スライダーやノビのあるストレート、高速縦スライダーを投げなかった理由は連投出来ない制限でもあるからかな。あの投げ方は、下手すれば肘が壊れそうだ。そう簡単に何球も、連投することは出来ないのだと思う。
そう考えると、通常時の球筋をよく見せるために御影監督は本城さんへバントのサインを出したのかな。私へは全球全力投球だろうし、その次の本城さんに連続して全力の投球は出来ないかもしれない。ツーアウトランナー1塁に変わって、美織先輩が三振したので2回裏の攻撃は終わる。
同点に追いついたけど、問題はこれからだ。3回表はまた、統光学園の1番から打順が始まる。ワンナウトランナー2塁の場面で、3番の古谷さんを何とかピッチャーライナーに打ち取るも、続く4番の広沢さんにホームランを打たれて3対1となった。
後続は何とか抑えて、3対1と2点差のまま3回裏の攻撃に入る。徐々に乱打戦の様相を呈して来ているけど、未だに湘東学園のヒットは0だ。3回裏の攻撃は、9番の優紀ちゃんから。
優紀ちゃんは9番にいるけど、夏の県大会では打率が3割を超えている。バントも出来るし、投げる練習はしたけど打つ練習もしている。カウント2-1から5球目、優紀ちゃんはライトへのフライを打った。何だかんだ言って、通常時の変化の大きなスライダーや、ただのストレートならうちの下位打線でも打てる。
ワンナウトから、打順は1番の真凡ちゃんへ。初球、高速縦スライダーを空振りしたけど、集中力は切れていない。するとストレートのボール球を挟んで3球目、ふわっとしたチェンジアップをセンター前へ運んだ。
真凡ちゃんはバットを短く持ってバスターのようにこじんまりと構えているから、チェンジアップ系などの速度が遅い変化球には相性が良いはずだ。真凡ちゃんはもう完全に見てから打っているので、遅い変化球に対しては打率は高くなってきている。
これで、詩野ちゃんが併殺じゃなければランナーありの場面で私に打順が回る。すると御影監督は、詩野ちゃんへ送りバントのサインを出した。
……これは、流石に歩かせられるかな。いや、最悪想定でも同点なら勝負してくれる可能性もあるか。
(送りバントを、簡単に決めさせてたまるか)
ワンナウトランナー1塁で2番の梅村に対して初球、伊東は高速縦スライダーを投げる。初めから送りバントの構えをしていた梅村は変化に対応しきれず、バットに当てるもファールとなった。
(……落差は、ボール3つ分ぐらいかな。変化し始めが早いし、この縦スラなら次の打席、勝負は出来そう)
カウント0-1から2球目、低めのボール球だったために梅村はバットを引いてカウント1-1となる。高速縦スライダーなら当てることが出来そうだと考えた梅村は、3球目、内角のボール球を3塁線に転がす。
「見逃して!」
捕っても1塁で間に合うか微妙だったために捕手の古谷は見逃すように叫び、友理は拾うのを躊躇する。しかし無情にも打球はライン上に乗ったため、伊藤は2塁へ進塁。梅村はセーフとなる。
ワンナウトランナー1塁2塁で、奏音が打席に立つ。先程の打席で三振したからか、奏音の気迫は凄まじいものだった。
(うわ、睨んでる睨んでる。力んでいるはずなのに、この状態のカノンはスッとバットを差し出すから怖いよ)
奏音の眼光に、冷や汗をかいた友理は敬遠が頭を過ぎる。しかし名門のプライド故か、前の打席で三振に抑えた自信からか、奏音との勝負を選択する。
初球、友理は全力のストレートを投げて、奏音はそれをファールにした。
(このタイミングで振るってことは、ストレートに絞っているのかな。それなら、高速スライダーは打たれないでしょ)
2球目、外へ逃げる高速スライダーを要求された友理は頷いてからそれを投げた。本来ならボールになる球を、奏音は踏み込み、強引に引っ張って打った。




