第74話 先制点
2回戦と変わらない打順、守備位置で3回戦を迎えた。元々は6番の久美ちゃんと9番の優紀ちゃんを入れ替えて、9番1番2番を左打者にしたかったのだけど、智賀ちゃんと久美ちゃんがあの特訓で打てるようになって来ていたので、打順は変えない方が良いと御影監督は判断した。
相手の統光学園の先発は、当然エースの友理さん。小柄ではあるけど、高速スライダー以外も全てが高い水準の投手だ。球速もコントロールもスタミナもあるので、それだけでも普通に厄介。
通常時は変化の大きなスライダーと小さなスライダーを組み合わせて、チェンジアップで緩急も付けられる器用さも持ち合わせている。高速スライダーだけに山を張るのは難しい。実質、3種類のスライダーを投げ分けているようなものだから打ち崩すことは難しい。
……私の打席では、高速スライダーを連投して来る可能性が高いけど。未だに、あの高速スライダーで三振したことはトラウマだ。中学時代で唯一の三振だったし。
最後ガールズの大会で、8回した凡退の内、投手に負けて凡退したのは僅か5回。その内の2回が友理さんだから、よく憶えているし、天敵と言っても良い。
試合は統光学園の攻撃から始まり、先発の優紀ちゃんがテンポよく投げる。そして、テンポよく打たれた。
……ワンナウトランナー1塁3塁となって、4番ファーストの広沢さんを迎える。ファーストの他にサードと外野手も出来る、攻守のバランスが良いタイプの4番だ。2年生ながら、夏の大会では統光学園の3番を打っていた。
(うわー、怖い。この人も、プロを目指している選手なのかな？)
1回表、マウンドに立つ西野はピンチを迎えていた。強豪校で2年生からスタメン出場、秋からはずっと4番の広沢を見て、西野はこの人もプロに行くのかと、そんなことを考えていた。
睨みつけて来る広沢に対して、西野も睨み返してから初球、フォークボールを低めに投げる。変化量がまだ少ないお陰で、西野のフォークボールはカウントを稼ぎやすい球になっていた。広沢は初球、その球を見逃す。
(2球目は、内角の高めに外すボール球か。今日はちょっと、リードの仕方が違うのかな？)
御影監督から打者の弱点を詳細に頭に入れていた梅村は、それを活かすために配球を変える。そして西野もその弱点は把握しているので、サイン交換は非常にスムーズだった。西野の投球のリズムが良い、最大の要因でもある。
(久美ちゃんは、こういう時に一段階ギアを挙げた投球を得意としていたみたいだけど、私にはやっぱり難しいかな)
カウントが1-1となって3球目、西野はスライダーを外角に投げる。高さまで厳密に狙えない西野は、外角の低めを意識してスライダーを投げた。そのスライダーにあっさりとバットを合わせた広沢は、無理せずに流す。
キンと高い金属音が鳴ったその打球は、ライト方向の場外へと消えた。一塁線を切っていたのでファールだったが、それでもヒヤッとしたことで西野は考えを改める。
(いや、駄目だ。このバッターに打たれたら、このままどんどん点を取られちゃう。
久美ちゃんから聞いたこと、しっかりと再現しよう)
西野は、春谷に聞いておいたことを思い出して実行する。それはガールズ時代、ピンチの時にギアを1つ上げて抑えて来た春谷の投球術についてだ。
(力まずに、集中力だけを高める。ランナーは意識しないで、ひざ元に、シュートを決めることだけを考えて……)
4球目、西野は内角の低めにシュートを投げた。ストライクからボールに変化する球に手を出してしまった広沢は、それでもバットをずらして三遊間を抜く打球を打つ。
3塁ランナーはホームに帰り、ワンナウトランナー1塁2塁と状況は変わって5番の友理が左打席に入った。ここで梅村は、タイムを取る。
「ごめん、打たれちゃった」
「いや、あの球をヒットにされたのは私のせいだよ。せっかく追い込んだのに、ボール球とはいえ相手の得意なインコースを投げさせたのは私だし」
「……あの球を投げて打たれるなら仕方ないって、言わないの？」
「……優紀ちゃんの最後の球は、私の想像以上に気合いの入った、良い球だったよ。次の伊東さんは、打ち取ろうね」
梅村は点が取られた時などで声をかける時、常に西野に対して「あの球を打たれるのなら仕方がない」という言い方をして来た。しかし今回は、梅村自身の責任だと言い切った。
梅村が守備に戻ろうとしているその後ろ姿を眺めて、その差に気付いた時、西野は無性に嬉しくなる。伊東に対して西野は、初球に気持ちの入ったスライダーを投げた。若干高めに浮いたスライダーは、それでもいつもより曲がり、友理は芯を外す。
1塁線へ鋭いライナーとなった打球は本城が掴み、そのまま1塁ベースを踏んでダブルプレーとなった。1点こそ失ったが、いつも以上の力を出し切れていると実感している西野は、奏音の言葉によって勘違いしていたことに気付く。
「ナイスピッチ！試合中に、成長出来たみたいだね」
「え、いや、今日はちょっと調子が良い感じだから」
「ううん、成長したんだよ。ちゃんとピンチの時に、集中力を高められていたじゃん」
試合は1回裏の湘東学園の攻撃に移る。先頭バッターの伊藤が、左バッターボックスに入った。
