第72話 将来
秋の県予選は土日を使って進行していくけど、平日には普通に授業がある。休み明けの試験では思っていた以上に点が取れていたので、私が学年で2番だった。まあ、2回目の勉強ほどすんなりと理解出来るものは無い。特に私の場合は優紀ちゃんの勉強も見ていたから、復習としてはちょうど良かった。
「頭の良さって、遺伝なの?カノンの伯母さんは学園長で、お母さんは大学の教員だっけ?」
「遺伝で一蹴してしまうのは、嫌だよ。私の場合、両親が運動できないのに、野球が出来るし」
「へえ。あっ、カノンのお父さんは、何をしているの?」
「普通にサラリーマン、かな?貿易会社に勤めているよ。家にいるのが稀なぐらいの頻度で、出張だらけだけど」
優紀ちゃんのテスト結果を確認していたら、私の家族について突っ込んで聞かれた。遺伝的な頭の良さは、たぶん無い。だって前世より新しい記憶の定着率自体は落ちている気がするし、家庭の環境の差はあるかもしれないけど、基本的に私は放置されていたし。
「やっぱり、カノンの実家ってお金持ちなの?」
「小遣い自体は多いけど、そういう感覚は無いかな。私自身、こそこそ小遣い稼ぎしているからね」
「え?練習漬けの日々なのに、小遣い稼ぎまでしてるの?」
「うーん、まあ、微々たる額だけどね。あ、後ろめたいことじゃないよ」
前世の時よりかは多めな月々のお小遣いは貯めて、幼い頃から色々と投資している。特にスマホアプリ関係は、大変お世話になった。何のゲームが流行るのかは、大体予測出来たし。最盛期の見極めもしやすかった。
「カノンさん、養って下さい。お世話しますので」
「そのプロポーズは、色々と駄目だと思うよ。あ、久美ちゃんは英語何点だった?」
「79点です」
久美ちゃんが会話に入って来たので、テストの点数を聞くと平均点は余裕で超えてた。やっぱり、うちの野球部は頭の良い人が多い。今回のテストで平均点を下回っていたのは、智賀ちゃんと優紀ちゃんだけだし。
今回のテストは詩野ちゃんと久美ちゃんの結果が良くて、真凡ちゃんも平均点は超えている。マネージャーの相馬さんと水澤さんは、ちょうど平均点ぐらい。智賀ちゃんは、野球の練習をし過ぎたかもしれない。合宿の勉強時間で、居眠りが1番多かったのは智賀ちゃんだった。
身体の方は未だに成長しているし、成長期なのかな?あまり身体が大きくなり過ぎても、感覚のズレが起こったりして面倒だから、これ以上伸びる必要は無いのだけど……身体の成長を、止めることは出来ない。それにやっぱり、身体は大きい方が野球では有利だ。
「そう言えば、カノンのクラスは文化祭で何やるの?」
「モニュメント。文化祭当日、参加出来ない子は多いし」
「モニュメントかー。運動部が活発な学校って、展示物が多いの?」
「大会に向けた練習もあるし、当日に大会や試合で参加出来ない人は多いから、展示物が多いんじゃない?文化祭を平日にしないことが、個人的には不思議だよ」
文化祭も10月の上旬に行なわれるけど、1年生で力を入れているクラスは無い。詩野ちゃんや久美ちゃん、優紀ちゃんがいる1組はポスター展示で、私や智賀ちゃん、真凡ちゃんがいる2組はモニュメントに決まった。マネージャーの相馬さんと水澤さんがいる4組は、模擬店で焼きそばを作るらしい。
秋季県大会勝ち進んだら、準決勝と決勝の2日間が丁度文化祭の日付だから、野球部としてはどうしようもない。クラスの企画は、空いた休み時間で手伝うぐらいかな。引退した3年生の小山先輩と大野先輩のクラスは、手の込んだお化け屋敷をするそうだから見に行きたいけど。
「小山先輩も大野先輩もセレクションに受かったから、余裕なのかな」
「小山先輩は、元から声がかかっていたみたいだね。東京の大学だから、2人ともよく受かったと思うよ。待遇の差は、結構大きいけどね」
「そうなの!?」
ここでセレクションの話題を出した優紀ちゃんが、2人の差をよく知らなかったみたいなので説明する。小山先輩は元々声がかかっていて、セレクションを受けてくれという立場だった。一方で大野先輩は、そのセレクションについて行って、頭を下げて受けた形になる。
結果は2人とも合格だったけど、小山先輩は学費半額免除。大野先輩は学費一割免除となった。大学の学費は高いから、結構な差だ。小山先輩に関しては最後の大会で打撃成績が凄かったけど、それに加えて横浜高校の松池さんからホームランを打ったのは大きい。
何だかんだ言って、激戦区神奈川でベスト4まで戦い抜いたのだから野球人としての評価は高い。特に小山先輩は、キャプテンだったし4番だったし。良いところで打つから、スカウトした人からの評価は高かった。一方で大野先輩は、球速が速くないことが響いた模様。
大学のセレクションで一番重要視されるのは野球に対する姿勢だけど、その点2人は部員数が4人になってもひたすら練習をしていたのだから、他にセレクションを受けた誰よりも意識は高かったはず。
「大学でも、野球か。2人揃って進学出来たのは、羨ましいな」
「優紀ちゃんは、プロを目指してないの?」
「え?私の実力じゃ、無理でしょ?」
「……その意識が変わったら、プロでも通用するぐらいには成長すると思うよ?」
大学まで野球を続けるという選択肢を選ぶ人は、意外と少ない。私の場合も高校で辞めたし、大学まで野球を続ける気は無かった。その後で、ちょっと後悔したけど。
優紀ちゃんもまだ将来のことを考えるのは早いという雰囲気を出しているけど、そこが昔の私に似ている。だから、放っておけないんだろうな。……次のテストでは平均点を超えられるように、優紀ちゃんの勉強をしっかりと見ようか。




