第66話 同地区
地区予選3試合目。川沢高校との試合は先発の智賀ちゃんが招いたピンチから始まった。1回表、ワンナウトランナー無しからフォアボールと智賀ちゃんの送球ミスがあり、ワンナウトランナー1塁3塁で相手の4番を迎える。
智賀ちゃんは送りバントの処理機会が少なかったし、この送球ミスは仕方ないかな。もうちょっと練習で、投手としての守備力も磨くべきだった。
この川沢高校の4番は1試合目2試合目と通じて7打点だから、かなりチャンスには強いバッターだろう。そう思っていたらライトを守る私の方に打球が飛んで来たので、ライト線ギリギリの打球に追い付いてキャッチ。
それと同時に無謀にも3塁ランナーが本塁を狙ってタッチアップを始めたので、ホームで刺殺した。久しぶりに、守備で強肩を発揮できた気がする。
無事、1回表のピンチを切り抜けたので今度はこちら側の攻撃だ。今日は1試合目と2試合目の結果を踏まえて、打順を少し変えている。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 左翼手 伊藤真凡
2番 捕手 梅村詩野
3番 右翼手 実松奏音
4番 一塁手 本城友樹
5番 投手 江渕智賀
6番 中堅手 春谷久美
7番 二塁手 鳥本奈織
8番 遊撃手 鳥本美織
9番 三塁手 西野優紀
久美ちゃんは貴重な両打ちだけど、感覚を取り戻して来たのか、プレッシャーが無い場面ではわりと打つようにはなった。元々エースで4番だったのだから、打撃が悪いというわけではない。
一方で優紀ちゃんは9番に固定され始めている。バントが上手いし、真凡ちゃんが安打製造機と化している今、真凡ちゃんの前でチャンスを拡大する役割を果たしている。
1回裏、まずは先頭バッターの真凡ちゃんが息を吐くように内角のストレートを流して三遊間へ抜けるボテボテのゴロを打ち、出塁する。続く詩野ちゃんが送りバントで送ろうとすると、向こうのエースが捕球した後に2塁へと送球し、セーフ。バッターランナーの詩野ちゃんも、1塁でセーフになった。
フィルダースチョイスで、ノーアウト1塁2塁は美味しい。明らかに間に合わないタイミングの塁に対して送球すると守備側にエラーが記録されるけど、基本的にフィルダースチョイスは守備側のエラーにならない。
……個人的には、どんなタイミングでもフィルダースチョイスが起きた時点でエラーだと思っている。エラーと状況は、変わらないしね。
チャンスを迎えて、私の打席になったけど相手投手は勝負してくれるみたいだ。湘東学園は3番4番5番が完全にホームランしか狙っていない超自分勝手な打線ではあるけど、予選の間は好き勝手にバットを振る方が良い。それでも勝てるのであれば、課題を持って試合に臨んで、自分勝手に成長して行けば良い。
初球、向こうのエースが自信ありげに投げたカーブを捉えて、左中間のフェンスに突き刺さるような打球を放つ。タイムリーツーベースとなり、湘東学園は2点を先制した。
結構な角度で曲がってはいるけど、この人はカーブを右打者のインコースに投げるコントロールが無いことは把握済みなので、緩い球が来たと思ったらアウトコースに山を張れる。
この後、4番の本城さんが四球を選んで、智賀ちゃんが三振。ワンナウトランナー1塁2塁で、久美ちゃんが左バッターボックスに立つ。
……久美ちゃんのスイングは、右打席だと私にかなり似ている。私が理想のプレイヤーらしいし、真似することを止めるわけにもいかない。一方で左打席だと、ガラリと雰囲気が変わる。コンパクトに当てに行くスイングだから、左打席の方がコンタクト率も高い。
しかしながらこの打席ではセカンドへのゴロになって、4-6-3の併殺に終わる。チャンスだったから、スイングに力が入っていたのかな。久美ちゃんがトンネルを抜けるのは、もう少し先になりそうだ。
2回以降は見事に乱打戦となり、5回からは優紀ちゃんがマウンドに登るも、その優紀ちゃんも6回に連打を浴びて1点を失った。試合自体は6回裏に智賀ちゃんが自身初の満塁ホームランを打って、5対13で6回コールド勝ち。
智賀ちゃんは今日、4回を投げて四死球4に被安打4で4失点だったけど、4打数1安打4打点の活躍。真凡ちゃんも成長はしているけど、智賀ちゃんも日に日に伸びているから将来が楽しみになってくる。
「これで1位通過決定ね!」
「うん。後は、県大会の組み合わせ次第だね」
真凡ちゃんを始め、みんな喜びを隠しきれていないけど、これはまだ予選だ。県大会本番まで、あと半月も無い。そこまでにもう一段階強くなっていないと、決勝まで勝ち残るのは難しいし、関東大会を見据えるなら県大会で優勝したい。
「……どこも、強い所が勝ち残っているわね」
「それは、仕方ないんじゃないかな。統光学園や和泉大川越、東洋大相模が優勝候補かな?」
「私達の評判は?」
「人数が少なすぎて微妙」
掲示板では本命が夏の県大会準優勝校の統光学園になっていた。横浜高校は甲子園に出ていた影響で間違いなく新チームへの移行が遅れているし、横浜高校は今の3年生に比べて2年生に有名な人があまりにも少ない。
後は、夏の大会で評価の上がっている大槻さんが率いる和泉大川越も本命の一角に入っている。何だかんだ言って、今年の1年生の中には大槻さん目当てで和泉大川越に入った子も多い。新チームに切り替わってから打線が爆発しているらしいし、夏より強くなってそう。
私達の相手がどこも、弱かったことが評価の低い原因でもある。まあ、まずは抽選会だ。私達は2回戦からになるけど、その2回戦から強い高校と当たる可能性は高いし、3回戦以降で当たる高校は、基本的に強い高校ばかりになると思う。
関東大会までは、あと5勝。




