第55話 スポーツ推薦
湘東学園の夏の大会が終わり、3年生の2人は引退になる。2人とも、最後の最後まで頼りになったし、色々とお世話になった。準決勝の試合後、その小山先輩がみんなに語りかける。
「正直に言うとベスト4まで来れたことが嬉し過ぎて、負けたのに悲しくも、悔しくもないな。改めて言わせてもらうと、今まで野球部に在籍してくれてありがとうだ。大会に出られる人数が揃うのかも、私達の代では怪しかったしな」
「本当に、貴方たちには感謝しかないの。知っていると思うけど、最後の夏に勝てないチームって、半分あるのよ?ここまで勝たせてくれて、本当にありがとう」
小山先輩が頭を下げて、それに続いて大野先輩も頭を下げる。どちらかというと、真凡ちゃんや智賀ちゃんの方が泣くのを我慢しているかな。
「次のキャプテンは、カノンになる予定だけど大丈夫か?」
「大丈夫です。
……今まで、本当にお世話になりました」
「はは、カノンの方が私達の世話を焼いていただろう。
……来年は、お前が甲子園まで連れて行ってやれ。所詮私達はここまでで、満足してしまうような駄目な先輩だったからな」
「そんなこと、無いです!力不足で、もうしわけ、ありませんでした」
最後は1、2年生側がお疲れさまでしたと言いながら頭を下げ、小山先輩と大野先輩に抱き着く。涙腺は弱い方なので、若干涙目になった。部員数は、これで10人から8人になった。
この部員数が9人を下回ることが1番の問題なんだけど、鳥本先輩達が前に紹介してくれていた、本城さんが来週からチームに加わることとなった。去年の東東京代表であり、今年は東東京ベスト4の都立城西高校からの転校生だ。当然、訳ありである。
昨年の秋に右肩を故障し、復帰まで1年はかかると言われたらしい。そしてスポーツ推薦枠で入学している彼女は、居心地の悪さとモチベーションを保てなくなったことを理由に退学している。その後、実家の近くである湘東学園へ入学という流れかな。
復帰には1年と言われていたけど、もうスポーツが出来るぐらいには回復したらしい。ただ、前までのように投げられるわけではない。無理をしたら、また怪我が悪化するかもしれないという状態だ。
元々投手として城西高校に入学して、外野手として試合にも出ていた。強肩強打を活かして、1年生の時は白木さんと一緒に活躍していたとのこと。
私達の戦いを、準決勝で敗退するまで観戦し続けてくれたみたいで、もう一度頑張ろうと決心し直したと言ってくれた。ポジションは、肩が悪いならファースト固定になりそうかな。
……野球部は部員を常時募集中なのだけど、結局追加の部員は本城さん以外入って来なかった。これで野球部は、部員数が9人ということになる。今年の秋は、9人でどう野球をするのかも考えないといけない。
来年度は聖ちゃんや光月ちゃんが入ってくれるそうだし、1年生で有望な子は入って来そうだから心配はしていないけど……それまでが難しい。
ちなみに聖ちゃんや光月ちゃんは準決勝で、わざわざ私を応援しに神奈川まで来てくれたみたいだ。単に光月ちゃんの実家が神奈川だったからという理由もあるだろうけど、兵庫から神奈川まで応援に来てくれたのは嬉しい。
試合後、小山先輩に抱き締められて涙目な私を激写していた聖ちゃんは、絶対に湘東学園のスポーツ推薦を受けると言ってくれている。……聖ちゃんが優秀な内野手であることは、私が保証する。きっと合格するだろう。
だけど、まだ入ってもいない1年生に頼るわけにはいかない。とりあえずポジションは、優紀ちゃんと久美ちゃんのどちらをエースとして据えるかで話が変わって来る。副キャプテンに指名した詩野ちゃんや矢城監督とともに、ゆっくりと考えていこう。
「夏休みはこれからだし、合宿もしたいね」
「……ん。みんな足りないところは自覚していると思うし、少数精鋭の利を活かしたい」
「それなら個人個人の練習メニューでも、考えてみる?それにしても、秋の大会からは誰を1番にするかは悩ましいよ」
「私は、優紀が良いと思う。1番リードしてて楽しいし、久美はまだ完全に復活はしていないと思うよ」
「エースを楽しいで決めて欲しくは無いけど。まあ、夏合宿明けの練習試合次第かな」
副キャプテンに関しては2年生から選ぶべきかと思ったけど、鳥本姉妹は首をぶんぶん振って拒否したし、本城さんには任せられないので自然と1年生から選ぶ流れになった。
そして1年生から選ぶなら久美ちゃんか詩野ちゃんの2択だった。真凡ちゃんも候補には挙がったけど、1組から選んだ方が連絡もしやすい。
準決勝の翌日は軽く練習で汗を流した後、休憩がてらテレビで決勝戦を観戦する。横浜高校対統光学園の試合を、全員が見たいだろうし。
本来なら3年生が負けた大会の試合を見るのはあまり考えられない光景なのだけど、小山先輩も大野先輩も普通に交ざって観戦している辺り、本当にベスト4で満足したのだと思う。2人は大学でも野球を続けたいそうだし、小山先輩はもしかしたら大学側から声がかかるかもしれない。
決勝戦は私の予想通り、大方の予想を裏切ってワンサイドゲームになった。最終回の7回表に統光学園が2点を返したけど、13対2で横浜高校の勝利だ。決勝戦にコールドが存在すれば、5回コールドだったな。
……これ、横浜高校が1番苦戦をしたのは、湘東学園だったと言えるのでは?横浜高校に勝てていれば、甲子園に行けたかもしれない。そう考えれば、自信にはなるか。
来週からは夏合宿に入る。期間は、10日ぐらいになりそうかな。GWの合宿を、8月の上旬はずっと続ける感じ。怪我人が出ないことを、祈ろうか。




