第52話 2度目
3回表、2打席連続で私と勝負をして来た大槻さんは、私にツーランホームランを浴びて苦虫を噛み潰したような表情をした。流石に、1度見せた球で私を抑えようとするのは虫が良すぎる。
「ナイスバッティング!」
「奈織先輩も、今日は2の2ですよね。私の前にランナーとして出てくれるのは、素直にありがたいです」
ホームベースを踏んで、待っていた奈織先輩とハイタッチ。これで3-1になったので、再び湘東学園がリードをする。このリードを久美ちゃんと私で守り切れば、私達の勝ちだ。
3回裏は大野先輩に代わって久美ちゃんが投げて、和泉大川越の上位打線を三者連続三振。すると次の回には、久美ちゃん詩野ちゃん真凡ちゃんが三者連続三振と大槻さんに抑えられる。真凡ちゃんは、緩い変化球狙いがバレたかな。
「3回裏からは、0が並ぶわね」
「このまま0が並べば勝てるから、それで良いんだよ。出来れば追加点は加えたいけどね」
試合は3対1のまま、テンポ良く進んで5回裏。ここまでパーフェクトだった久美ちゃんが、ワンナウトからストレートのフォアボールを与える。
……ワンナウトランナー1塁で、打席には9番のキャッチャー。詩野ちゃんは併殺を狙うために、ドロップカーブを右打席に立つバッターのひざ元に要求した。
そのドロップカーブを読まれていたのか、出合い頭なのか、打球はバックスクリーンに飛ぶ。今まで、あのバッターは外野にまで飛ばしたことも無かったはずだ。左投手と相性が良いとか、内角の球を打つのが得意とか、そういう情報すら無かったはず。
完全に、してやられた。おそらく次の試合では、彼女が上位打線にいるだろう。大槻さんの球を受けているのに、打てないのは違和感があった。本来は、長距離打者なのかな。
今まで影に隠れていた選手だから、詩野ちゃんもまさかホームランを打てる打者だとは思わなかったのだと思う。これで試合は、振り出しに戻ってしまった。
まだ久美ちゃんは投げられるけど、このまま行けば延長になる可能性は高い。3回に私がホームランを打って以降、大槻さんは尻上がり気味に調子が良くなって、湘東学園は三振の山を築いている。いや本当に、やっぱり立ち上がりは悪かったのかと思うぐらいに球に勢いがある。
同じ130キロの球でも、球質が違うような気がする。1打席目と2打席目で球威が違ったとヒットを2本打っている奈織先輩は言っていたし、私がホームランにした球もかなりバットが重かったのは確かだ。
……流石に3打席目は敬遠されたし、私が打てる機会は無いんじゃないかな。その後の打順が小山先輩、智賀ちゃん、大野先輩だから、ノーアウトで敬遠されれば得点に期待は出来るのだけど、そうそう簡単に打順は噛み合わない。
5回裏はその後、久美ちゃんが淡々と1番2番を打ち取ったから2点で済んだ。3対3のまま、試合は終盤の6回に入る。6回表は智賀ちゃんからの打順だったけど、智賀ちゃんに1発は出ず、大野先輩はファーストゴロに倒れ、久美ちゃんは良い当たりだったけどライトフライ。どんどん、試合の流れは和泉大川越に傾いている気がする。
6回裏からは私が投げて、和泉大川越のクリーンアップを三者凡退に抑えるも、7回表の攻撃も真凡ちゃん、奈織先輩、美織先輩の3人で終わる。この時点で、湘東学園が勝つには延長に持ち込むしか無くなった。
延長は制限が無く、10回以降はノーアウトランナー1塁2塁から始まる。そもそも10回まで、試合が続くかも怪しいけど。
「向こうも、3年生の森さんがアップを始めています。この回を実松さんが投げ切ったら、大野さんが投げて下さい。その際、小山さんはサード、実松さんはファースト、センターが春谷さんと守備位置を変更しますが、実松さんは大丈夫ですか?」
「問題ないです。大野先輩が投げることにも、賛成です」
7回裏、投げる前に監督から継投の予定を告げられる。1点を争う試合で大野先輩が投げるのは少し不安だけど、私だってこの前の試合で1点を取られている。絶対に抑えられる投手なんて、この世に居ないのだ。
7回裏は下位打線だったので、無事に3者凡退で切り抜ける。試合は延長に入って、8回表の攻撃は、私への敬遠から始まった。流石に8回を超えると大槻さんも疲れが見え始めているけど、まだ元気はありそうだ。
ノーアウトから敬遠で出塁したので続く小山先輩に期待したいところだけど……1球待って貰って、走ってみようかな。今日の試合はまだ、湘東学園は一度も盗塁を仕掛けていない。まだ今大会で私が走ったことは無いし、意表を突くことが出来るかもしれない。
ストレートだと本当にタイミングはシビアになりそうだけど、変化球なら可能性はあるし、緩急のあるカーブやチェンジアップなら成功するはず。本当に賭けで走ることになりそうだけど、盗塁の練習自体はかなりしているし、練習試合でも決めたことはある。
初球、大槻さんが足を上げた瞬間に決め打ちでスタートを切る。少しリードを大きめにしても牽制球が来なかったということは、油断していたということだ。
あのキャッチャーは、肩も良い。一方で、大槻さんのクイックはあまり早く無い。油断している状況で、おそらく投げた球は変化球。小山先輩のアシストスイングもあり、2塁はギリギリセーフとなった。
これで、ノーアウトランナー2塁。併殺も無いし、4番らしく決めて欲しい。そう思ったら小山先輩は敬遠気味に勝負を避けられる。続く智賀ちゃんは三振してしまったけど、ワンナウトランナー1塁2塁の状況で、6番の大野先輩が打席に入った。




