第51話 3年生
(大野さんか。春に試合した時も思ったけど、彼女は打者としての方が厄介ね)
初回、練習試合で満塁ホームランを打たれた仇敵である奏音をサードライナーに打ち取り、上機嫌な大槻は今日最速の球を大野に投げ込む。その球速は、131キロ。
高校野球は130キロが1つの壁と言われており、130キロを投げられればプロ入りが見えて来る。そして130キロを投げられる投手と、131キロ以上を投げられる投手とでは明確な才能の差が出て来る。
大槻は、才能を持っている選手だった。1年生の時から夏の大会で先発を務め、全試合を投げ抜いて神奈川県のベスト16に入り込んだ。秋の大会ではベスト8と健闘し、新入生の中には大槻に期待をして入って来た野球部員も多い。
一方で、大野は投手としての才能が無かった。コントロールも平凡な上に、球速も速球が120キロ程度で、変化球の球速は全て90キロ前後。そんな大野がここまで好投を続けられているのは、緩急を活かすリードが得意な梅村の存在も大きい。
本来、投手では無かった。1年の秋になった時、他に投手が居なかったから投手を任されたために背負った1番は、奏音が入って来るまで意識したことすら無かった。
(大槻さんは1つ歳下なのに、何もかも負けている気がするわね。だけど、打者としては負けたくない。カーブに山を張って、他はカットしましょう)
カウント1-2と追い込まれてから、大野は2球続けてファールで粘る。気持ちが入り過ぎてスイングが大振りになっていたが、そのお陰でファールでも良い当たりを飛ばしていた。
速い球に山を張っていると感じた和泉大川越のバッテリーは、チェンジアップで空振りを誘う。そのチェンジアップにタイミングこそ合わせた大野は、それでも芯を外されてボテボテのゴロとなった。
三塁線、完全に勢いが死んだゴロはサードがダッシュして捕球した時に、大野は1塁ベースを踏んでいた。記録は、サードへの内野安打となる。
大野先輩がワンナウトから出塁し、続く優紀ちゃんが送りバントを決める。ツーアウトランナー2塁で、得点圏打率が高い8番の詩野ちゃんだから期待は出来る。
と思ったけど、敬遠気味の四球だった。次が真凡ちゃんだから、無理な勝負は避けたのか。……春の練習試合の時から、真凡ちゃんへの評価は変わらなかったんだ。
今の真凡ちゃんは、智賀ちゃんと真逆のスタイルになっている。直球を打ち返す力が無いから、変化球を狙っている。それも、緩急のある緩い変化球に絞っている。
大体、どんな投手でも緩急の取れる変化球というのは1つぐらい持っている。大槻さんは2球種持っているから、打席中にカーブかチェンジアップ、どちらかを投げて来る可能性は高い。
……私に対して大槻さんは負けたイメージの方が強かったから、新兵器を惜しみもせず投入して抑えに行った。私は本塁打を打った、勝ったイメージの方が印象に残っていたのだろう。何処かで、油断をしていたかもしれない。
じゃあ、真凡ちゃんに対して大槻さんを含めた和泉大川越はどんなイメージを持っているか。それは、極端な内野前進守備と外野前進守備から分かるだろう。
今の真凡ちゃんなら、あそこまで前進してしまった内野手の間を抜くことが出来る。カウント1-1から3球目、ストライクを取りに来たであろう緩い球を、確実に真凡ちゃんはミートさせた。三遊間を抜ける、レフト前ヒットだ。
ツーアウト満塁になって、今日は調子の良さそうな奈織先輩が打席に立つ。先ほど、ヒットを打たれたために慎重になった大槻さんは、満塁でフルカウントにしてしまう。ランナーは自動スタートだね、と呟いた瞬間、スタートを意識していたのか真凡ちゃんが挟まれた。
「真凡ちゃん!?逃げて!」
「ダッシュ!!」
ベンチから優紀ちゃんが真凡ちゃんに逃げてと叫び、私はダッシュとだけ叫ぶ。私の声で気付いたのか、自分で気付いたのかは分からないけど、ハッとなった3塁ランナーの大野先輩はホームに目掛けてダッシュを始めた。こうなれば、どちらが速いかの勝負だ。
真凡ちゃんは、身体が小さいからタッチしに行き辛いかもしれない。大野先輩がホームに滑り込んだ瞬間、真凡ちゃんはタッチアウトになる。
結果は、ホームインが先に認められた。これで湘東学園が先制したことになる。真凡ちゃんはアウトになったけど、欲しかった1点が入った。
ホームに帰って来た大野先輩は、非常に喜んでいた。普段はお淑やかな人だから、はしゃぎようにビックリしたけど、小山先輩によると元々は感情を表に出すタイプの人だったらしい。
しかし大野先輩は2回裏、ヒット四球でノーアウトランナー1塁2塁になった後、送りバントとレフトへの犠牲フライで1点を許した。真凡ちゃんも綺麗な送球でバックホームをしたけど、流石に間に合わなかったか。
同点になってツーアウト3塁というピンチにはなったけど、9番に入っているのはあまり打たない捕手の人だったので、何とかピッチャーゴロに抑えてスリーアウト。2回の攻防を終わって、1対1という試合展開になった。




