第50話 準々決勝
あと3つ。甲子園まで必要な勝利数は、その数が減るごとに対戦相手が強くなる。例外もあるけど、ほとんどの場合は準々決勝から試合が好カードが多くなる。
今日は、この球場で準々決勝の2試合が行われる。湘東学園対和泉大川越と、日大茅ヶ崎対横浜高校だ。どの高校も注目度は高いため、とうとう観客は満員となった。
……本来なら準決勝が2試合ある日にようやく満員となるらしいので、私や和泉大川越の大槻さん、横浜高校の松池さんの影響は大きいかな。
というか横浜高校の面子は全員が絶好調の小山先輩以上に打ちまくるので、打率や打点がおかしい。今大会で全試合5回コールドというのは、伊達じゃない。
今年の神奈川県大会の前評判は、準決勝で戦うはずの東洋大相模と横浜高校のどちらかが甲子園、という感じだった。蓋を開けてみれば、東洋大相模は途中で負けて、横浜高校は打線が明らかに他のどの高校よりも上だから、前評判なんて当てにはならない。
とりあえず今日の試合は、好調そうな大槻さんから点を取れるか否かかな。先発は大野先輩で、久美ちゃんがベンチスタート。昨日は5回を投げ切ったし、スタミナがまだ戻ってない以上、久美ちゃんを野手として最初から出場させるのは得策ではないという判断だろう。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 二塁手 鳥本奈織
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 中堅手 実松奏音
4番 一塁手 小山悠帆
5番 右翼手 江渕智賀
6番 投手 大野球己
7番 三塁手 西野優紀
8番 捕手 梅村詩野
9番 左翼手 伊藤真凡
また下位で打順が入れ替わっているけど、単純に打撃が好調な大野先輩と優紀ちゃんを上の方に置いただけだ。この2人、本職は投手なのに打率がそこそこ良いので、下位打線が頼もしい。
今日も今日とて先攻なので、まずは湘東学園の攻撃から。1番の奈織先輩がヒットで出塁するも、美織先輩がバント失敗でワンナウトランナー1塁という状況だ。
大槻さんはそんなにクイックが上手く無い方だけど、純粋に和泉大川越のキャッチャーは肩が良いので盗塁は難しい。このキャッチャー、大会中にほとんど打たなくても9番で起用され続けているので、守備面を相当評価されているのだろう。
……単純に、大槻さんの球を捕れるのが彼女しかいないという可能性もあるけど。
さて、座ってくれているということは勝負してくれるということかな。大槻さんは変化量の多いカーブとチェンジアップが武器で、カットボールも今大会中はよく投げていた。
狙う球は、直球かカットボール。初球から変化量の多いカーブやチェンジアップには手を出さない。そう方針を決めたところで、大槻さんがセットポジションから速い球を投げて来た。
大槻さんが投げた初球に合わせようとバットを振ったところで、想定とは逆方向に曲がる。バットの付け根に当たった球は、ライナー性の打球になるも、サードがジャンプして捕球した。
今大会、私は初の凡打だ。高速シュートを、隠し持っていたのか。それを初回から見せて来るのは想定外だったし、上手くしてやられたかな。
「ごめん、良いシュートで打てなかった」
「カノンはそろそろ凡退しないとおかしいの!いつまでも10割とか、漫画の世界じゃないんだよ」
「……今日の試合、3タコでも打率は5割切らないんじゃない?」
「流石に3タコはしないよ」
ベンチに戻ると、優紀ちゃんがそろそろアウトにならないとおかしいことを述べて、励ましてくれた。詩野ちゃんも、今日全タコでも打率は5割以上なことを告げる。……流石に私が3タコは無いと思いたいけど、カットボールとシュートは厄介な組み合わせだし、今日無安打の人は多そう。
「……タコって、何でタコなの?」
「あれ?真凡ちゃんも3タコとか4タコとか使ってなかった?」
「使っていたけど、語源までは知らなかったのよ。カノンは知ってるの?」
「知ってるけど……はっきりした語源は分からないタイプだから、何となくで使っている言葉じゃないかな。タコが自分の足を食べる姿から、自滅の意味で使われ始めた説と、0が並んでいるのはタコ焼きみたいだからという説があるよ。私は、暴言から来ていると思うけど」
続く小山先輩もファールフライに倒れたので、初回は無得点となってしまった。立ち上がりの弱さも克服しているので、完全に春とは別人だ。しかも1年生の時から投げ続けているから、公式戦の重圧には慣れているはず。本当に、厄介な投手に成長したなぁ。
1回裏は、大野先輩が投げる。大野先輩は大槻さんに比べて10キロ以上遅いし、和泉大川越にはかなり良い打者が揃っている。だから次々に打たれるかと思ったけど、意外に大野先輩は打たれなかった。3番と4番に連打を浴びたものの、5番の大槻さんを三振に抑えて何とか0点に抑えている。
……大槻さんは、一発があるから打撃能力は智賀ちゃんの上位互換だと考えても良いかな。次の回は下位打線だし、何とか被害は最小限に抑えたい。
2回表の攻撃は5番の智賀ちゃんから始まるけど、ここまで来ると流石に直球しか打てないことはばれている。カーブとチェンジアップに全くタイミングが合わずに三振してしまい、ワンナウトランナー無しの状況で6番の大野先輩が打席に入った。




