第47話 夏の日差し
4回戦は、3回戦が嘘のような快晴だった。そして、いつも以上に暑い。今日の先発を務める智賀ちゃんは溶けかけている。夏の暑い時期に集中して練習をしたことが無いから、少し心配だ。
「もう少し、飲んでも良いですか?」
「あと一口だけだよ」
あまり試合前にガブガブとスポーツドリンクを飲むのも、試合に影響するので控えさせてはいる。だけど、今日のマウンドは消耗しそうだし少しずつ飲ませないと倒れそうだ。智賀ちゃんには、一口分のドリンクをゆっくりと飲ませることで飲み過ぎないように調整している。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 二塁手 鳥本奈織
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 中堅手 実松奏音
4番 一塁手 小山悠帆
5番 投手 江渕智賀
6番 捕手 梅村詩野
7番 三塁手 西野優紀
8番 右翼手 大野球己
9番 左翼手 伊藤真凡
今日は3番に据えられたけど、真凡ちゃんと私の間に2人いるという構図は変わらない。ポイントゲッターの詩野ちゃんを6番に置いて、打線の切れ目を無くそうとしたのかな。
3回戦ではあまり良いところの無かった奈織先輩と美織先輩が1番2番と、元の鞘に収まった感じもするし今日は打って欲しい。特に奈織先輩は3回戦でノーヒットなので、1番の今日はとにかく出塁をして欲しいかな。
4回戦の相手は県立三浦高校で、トーナメントの1番楽な場所から勝ち上がって来ている。2回戦から強豪校と戦って来た私達にとっては楽な対戦相手に見えるけど、油断はしない。
……今日は、智賀ちゃんの公式戦初登板の日だ。練習試合では何回か投げているけど、たしか無失点で抑えたことは無い。昨日の練習ではそれなりにストライクが入っていたそうだけど、本当に詩野ちゃんの捕手としての能力が求められそうだ。
今日は先攻なので、早速奈織先輩が打席に立つ。相手の投手はMAX125キロと早い方だけど、コントロールは決して良くはない。
「21回を投げて、四死球が28だから1回に1度は四球になりそうだね」
「1回戦では12、2回戦では7、3回戦では9四死球なので、コントロールが弱点であることは間違いないです」
久美ちゃんは、ベンチに入ることが許された。例の写真の上にあった、資料の束を持って来ている。矢城監督がベンチ入りも許さなかったら、資料だけでも渡すつもりだったようだ。
変化球は、スライダーのみ。コントロール難の投手の変化球はスライダーという印象があるけど、実際にスライダーは投げやすい変化球なので投げられる投手は多い。
初回、相手の投手は奈織先輩を相手にいきなり四球を出した。立ち上がりも不安定なタイプのようだし、この回に2、3点は取りたいな。
(入れ!)
マウンド上に立つ三浦高校のエースは2番の美織に対してもカウント3-1とボールが先攻する。湘東学園は強豪校との練習試合を積み重ねたお陰で、速球に対して耐性のある選手が多い。特に鳥本姉妹は高めの釣り球を振ることが無くなり、ボール球の見極め率が非常に高くなっている。
(……んー、これは不味いなあ。連続四球だけは避けたいけど)
美織は5球目、真ん中に置きに来た110キロ台半ばの速球を弾き返してライト前ヒットを打つ。1塁ランナーの奈織は無理せず2塁で止まり、ノーアウトランナー1塁2塁という状況になった。
(そりゃ打たれるよね!東洋大相模に打ち勝ったような打線を私が抑えられるわけないじゃない!
しかも、次のバッターは……)
ここで奏音に打席が回り、場内からは歓声が沸く。東洋大相模に勝ったために、今まで以上に湘東学園が注目をされ始めているからだった。軽く素振りをしているだけなのに風切り音が凄かったため、三浦高校の投手は萎縮する。
単にバッター側から見て向かい風が吹いていたので、誰でも音を出そうと思えば音を出せる状況なのだが、そのようなことにもマウンド上のエースは気付けなかった。
(……よし。四球でも良いから、全力で投げよう。抑えられる可能性は低いけど、0じゃ無いはず)
初球、外角に大きく外れたボール球を奏音は見送る。バットがあまりにも届き辛い位置な上、勝負をしている球だったので奏音は急いで打ちに行かなかった。
力が入っていると感じた三浦高校の捕手は、力を入れ過ぎないようにとジェスチャーをしながら投手にボールを投げ返す。一呼吸置いて、投げられた2球目はワンバウンドをした。
「あっ」
思わず、投手は声を出す。ワンバウンドをして、奏音に当たるコースだったからだ。このままいけば、デッドボールになってしまう。しかし奏音は薄く笑った後、くるぶし付近に迫るボールを引っ張って打った。
奏音が軽く引っ張っただけで、打球はレフト線に飛ぶ。威力さえも調節された打球は、転々とレフト線の内側を転がっていった。
2塁ランナーに続いて1塁ランナーもホームに帰り、湘東学園は2点を先制した。カノンは2塁でストップし、ノーアウト2塁という状況で小山が打席に立つ。しかし、結果は引き締まったお尻に当たるデッドボールとなった。
荒れ球の投手を相手に、5番の智賀がバッターボックスに入る。まだ直球に絞ることしか出来ない彼女は、ストレートが外角低めに来ることを祈っていた。




