第45話 お見舞い
東洋大相模を降した翌日、昨日の試合は学校中の話題となっていた。いつもは真凡ちゃんと智賀ちゃんの3人で休み時間は会話をしているけど、2人ともクラスの人に囲まれていてどうしようもない。あの試合は2人の活躍が無かったら負けていたと言っても過言じゃないし、仕方ないかな。
……囲まれているのは2人だけじゃなくて、私もだけど。大して野球に詳しくない娘でも、昨日の試合は興味を持って見てくれたようなので、この機会に野球部員の勧誘も行なっておく。野球部の練習時間が異常だという噂は広まっているし、もう何回か勧誘済みだったりもするので今回も無駄になりそうだけど。
実際、湘東学園の野球部の練習時間は日に日に伸びている。日が暮れるのは遅くなったし、それに釣られて練習量も増えた。1番凄いのは、成長した分の余力を残さないような練習プランを考えた久美ちゃんと矢城監督かな。
私もいくつか技術的な指導はしたけど、基礎練習をあそこまで効率良く詰め込むのは素直に称賛したい。全員毎日同じようにバテていたので、成長していないようにも錯覚したけど。
結局、久美ちゃんは予想通りに熱を出した。これで明日の試合は、久美ちゃん抜きで戦うことになる。幸い、久美ちゃん以外に熱を出したり体調を崩した人はいないみたいだからなんとかなるはず。全員、体力づくりを一から頑張ったし、野球馬鹿ばかりだから風邪を引かなかったのかな。
テスト返しが始まったので、各所で見せ合いも始まっている。優紀ちゃんは何とか赤点を回避したようなので、素直に褒めておこう。
「40点未満の教科が無いなら一安心だし、補習に呼ばれなくて良かったね」
「本当に数学に関しては、お世話になりっぱなしだよ。
ちなみに、カノンちゃんの数学Ⅰの点数は何点?」
「92点」
「うわぁ。ぴったりダブルスコア……」
「え?
……えぇ」
特に苦手だと言っていた数学に関して、6割しか埋められなかったと聞いて嫌な予感はしていたけど、かなりギリギリだったみたいだ。これは、これからもこまめに勉強を見ないといけないかな。
赤点さえ回避すれば良いというものでもないし、夏休みの合宿ではちゃんと1から勉強を見よう。GWの合宿の時のように、練習が終わったら寝るしかコマンド選択をできないという状態にはならないだろうし。
「詩野ちゃんは?」
「……84点」
「お、平均は余裕で超えてた。というか、真凡ちゃんと同じ点だ」
「何でみんなそんなに成績良いの!?中学の時は、野球部なんてみんな勉強出来なかったよ?」
うがぁー、と世の理不尽を嘆いている優紀ちゃんだけど、私も元はその立場で必死に勉強をしていたから気持ちはよく分かる。だからこそ、今は必死になって勉強を教えているわけだし。
……成績順に並べると私、真凡ちゃん、久美ちゃん、詩野ちゃん、智賀ちゃん、優紀ちゃんの順番かな。真凡ちゃんは素で頭も良いし、詩野ちゃんまでは十分上位に入る成績だ。真凡ちゃんは疑問に感じることを、疑問のままで終わらせない人でもあるし、授業中も超真面目だ。
人生2周目な私を抜いても、頭の良い人が多い気はするかな。どちらかと言えば、優紀ちゃんの方が世間一般の野球部員っていう感じだし。
テスト返しが終わったら、1年生は久美ちゃんの家にお見舞いへ行く人と練習をする人に分かれる。話し合いの結果、ブルペンで練習する組が詩野ちゃんと真凡ちゃんと智賀ちゃんで、お見舞いする組が私と優紀ちゃんになった。
「こうして、久美ちゃんの家に行くのは初めてかも」
「私は家が近いし、何回か上がったけどね。
……あっ」
優紀ちゃんとお見舞いの果物と飲み物を買って、久美ちゃんの家に行く途中で優紀ちゃんが唐突に立ち止まる。それから、少し震えた声で私に告げた。
「久美ちゃんの部屋には、入れないんじゃないかな?」
「何で?」
「前に行った時、勝手に入って怒られたし」
「それは、勝手に入った優紀ちゃんが悪いんじゃない?」
怖がっていた優紀ちゃんは、久美ちゃんの部屋で何を見たのか気になる。というか友人を招けない部屋なのに、お見舞いに来ることを了承はしないだろう。
久美ちゃんの家は、学園から自転車で10分ぐらいの位置にある、大きな建物だった。わりと近い、って感じかな。私の家からだと、電車で移動した方が早いかも。
インターホンを押すと、具合の悪そうな久美ちゃんが出て来た。予想通り、身体が重そうだ。
「ごめんなさい、何も用意出来なくて」
「いや、むしろテキパキと用意される方が怖いよ。部屋に入っても良い?」
「ええ、どうぞ」
「ええっ!?」
久美ちゃんの部屋に入ると、色んなプロ野球選手のポスターが飾られている。中には私のポスターもあるので、本当に私のファンなのだろう。何故か、優紀ちゃんが凄く驚いているけど前に入った時とは違ったのかな?
その後、リンゴの皮をくるくるとむいていると優紀ちゃんが落ち込み始めたので本格的に励まさないといけないようになった。優紀ちゃんの周囲に、ハイスペックな人が多すぎるのは彼女の精神衛生上、良くないことなのかもしれない。




