第325話 1点の差
1回裏、粘られた挙句にセンター前へのヒットを打たれた優紀ちゃんは、いつもより汗を掻いている。接戦になりそうな今日の試合、負けたらそこで終わるという状況は、意識しない方が良いけど意識するなという方も無理がある。
1回裏、ツーアウトランナー1塁で4番という状況は表の湘東学園の攻撃の時と一緒。違う点は、湘東学園のバッテリーの方が盗塁を抑え辛いという点だ。
友理さんは、フォーム改造をずっと続けていたんだからクイックは早いフォームになっているし、高速スライダーやストレートの球速が速いからここだけで優紀ちゃんと0.5秒近く差別化出来る。捕手の能力では詩野ちゃんの方が僅かに勝っているけど、統光学園のキャッチャーも友理さんの変態的なスライダーを捕り続けた強者だからなあ。
……優紀ちゃんが足を上げた瞬間、友理さんはスタートを切る。湘東学園の時と同じ、ヒットエンドランだ。違う点は優紀ちゃんの投げた球が球速の遅いシンカーだったこと。池田さんがそれを引っ張り、レフト方向に持って行ったこと。
打球はサードの私の頭を大きく超え、レフト線に落ちようかという打球。真凡ちゃんは飛び込んで捕ろうとして、僅かに届かなかった。統光学園と湘東学園の守備力の差が、如実に現れた瞬間だ。慌てて真凡ちゃんは起き上がって打球を処理しにいくけど、スタートを切っていた友理さんはホームを踏む。統光学園が先制し、なおもツーアウトランナー2塁のピンチを迎えた。
池田さんは確か1年の秋から優紀ちゃんと対戦していたし、優紀ちゃんの球に一番慣れている強打者でもあった。真凡ちゃんが回り込んで捕球していたとしても、友理さんは生還していただろうから今の真凡ちゃんのプレイを責めることは出来ない。
後続を抑えたものの、久しぶりに湘東学園がリードされる展開だ。一気にベンチの空気は重くなるし、今までは勝ちすぎていたのも問題だね。2回表の攻撃は、先頭バッターの光月ちゃんがストレートを弾き返してヒットを打つも、後続が続かずに0点に終わる。その後は投手戦が続き、3回裏まで互いにランナーが出なかった。
4回表に、私が先頭バッターで打席に立つと今度は敬遠してくる友理さん。友理さんは敬遠をしないタイプだと思っていたけど、最後の夏だし今は統光学園が1点リードしている場面。さっきの内野安打は完全な打ち損じだったし、もう1回勝負して欲しかったけど仕方ない。
ノーアウトでランナーに出て、続く智賀ちゃんの打席。今までに無いぐらいに緊張しているだろうけど、あそこまで追い込まれたら打つのが智賀ちゃん。走って刺されるのも嫌だし、塁上では大人しくしてようかな。
初球の高速スライダーを見逃した智賀ちゃんは、カウント0-1から2球目、縦スライダーをフルスイングしてショートへのゴロになる。しかし智賀ちゃんの打球も、高く跳ね上がったために内野安打になった。というか内野が後退していたから反応に遅れたんだろうね。智賀ちゃんがボテボテの内野ゴロを打つの、最近では珍しいし。
ノーアウトランナー1塁2塁となって、光月ちゃんは先ほどの打席でヒットを打っているけど、あっさりと2球で追い込まれてしまう。変化量が多くて速い高速スライダーと縦のスライダーの組み合わせは、絶対にプロでも無双するレベルだし打者にとってはかなり辛い。
それでも3球目、スリーバントでファースト方向へ転がした光月ちゃんは、ランナーを進めることに成功してワンナウトランナー2塁3塁。一打逆転のチャンスを迎え、打席には高谷さん。チャンスには強いし、最低でも犠牲フライで同点にはなると思ったら、友理さんは高谷さんを敬遠して満塁策を取った。
……続く詩野ちゃんは、湘東学園の併殺王だ。そういうタイプのピッチャーではないと思っていたけど、1点も与えないという強い気迫を感じられるし、ここで満塁策を取るということは1点を守り勝つ予定なのかな。8番の詩野ちゃんは犠牲フライ狙いでバットに当てに行くけど、落ちるスライダーに空振り三振。ツーアウト満塁となって、9番の優紀ちゃんの打席。
ここで代打を出すかは、相当迷ったけど代打で出せるとしてなかやんか牛山さんがヒットを打てるかと聞かれると厳しそうだったので出せなかった。まだ4回表、試合も中盤だしもう1回チャンスがあるはず。そして優紀ちゃんは、難しいストレートを打ち上げてキャッチャーフライに倒れた。三者残塁で、0点で終わるのは非常に辛い状況だね。
バットでは良いところが無い優紀ちゃんだけど、4回裏の統光学園の攻撃は3人で抑える。こうなってくると、初回の1点が本当に重たい。
5回表は、1番のひじりんから。3巡目だしそろそろ打ってほしいけど、ひじりんの一二塁間を抜けようかという打球は、セカンドが追い付いてワンナウト。……統光学園の守備力は、プロ野球球団の京神よりも上だろうね。それぐらいミスが少ないし、全体的なレベルが高い。
ワンナウトランナーなしから、2番の真凡ちゃんが粘る粘る。ここまで2打席ヒットがないうえ、初回の統光学園の得点は自身のせいだと思っているようで、相当追い込まれている感じ。でもスイングに余裕がないから、打てても内野ゴロで終わりそう。
カウント1-2のまま6球目、真凡ちゃんは今日1番の変化をした縦スライダーを空振りして三振になる。しかし今日1番の縦スライダーに、対応しきれなかったのはバッターだけではなかったようで、キャッチャーが後逸した。
「真凡ちゃん走って!」
ネクストから私が叫んだけど、叫ぶまでもなく真凡ちゃんはスタートを切っていた。慌てたり余裕がなかったりは、向こう側も一緒だ。急いで後逸した球を拾った統光学園のキャッチャーは、1塁へ送球するけどそれが真凡ちゃんの頭に当たる。結果、真凡ちゃんはセーフだったけど頭を抑えていた。
「タイムお願いします!」
「真凡ちゃん!」
1塁ランナーコーチに入っていた関口さんが即座にタイムを要求して、試合が中断したので真凡ちゃんに駆け寄るけど、硬球が頭に当たったのは心配だしふらつくなら即病院行きコースだ。ヘルメットの上からとは言え、投げたのは統光学園のキャッチャーだし相当速い送球だったしね。
一応大事をとって臨時代走を出すことになったけど、真凡ちゃんの前の打者はひじりん。出塁率が高いのはもちろん、足が速いから1番に据えたようなものだし、この点は幸運だった。
真凡ちゃんのことは心配だけど、ワンナウトからランナーが出て私の打順。この回で、1点を返さないと本当に苦しくなるし、向こうは勝負してくれるみたいだから中盤の大きな山場だ。




