第316話 世代
私達の世代で、一番有名な投手は私を除くと根岸さんだと思う。次点で統光学園の友理さんと宝徳学園の真弘ちゃんかな。
一つ下のひじりんの世代で、全国区で有名な投手は宝徳学園の馬郡さんと、咲進学園の川江さん、大阪桐正の中口さん、湘東学園の島谷さんの4人。島谷さんは左腕というのが大きいけど、この4人の中だと最高球速は一番遅い。
逆に最高球速が速いのは、川江さんだ。私にホームランを打たれた後も、動揺することなく智賀ちゃんを三振に抑えている。ワンナウトから光月ちゃんがヒットを打つけど、番匠さんは三振、塩野谷さんはファーストゴロでスリーアウト。
1年生に川江さんの球は厳しいかもしれないけど、番匠さんのパワーならバットに当たったら万が一があるからね。他校の全国トップクラスの球を、早々に経験させたかったのもあるけど。
2回裏、5番から始まる咲進学園の攻撃は、先頭バッターがヒットで出塁する。番匠さんのブレ球は、ブレない時もあるからわりと使い辛い一面もある。それに金属バットだと、多少の変化は問答無用でスタンドまで運ぶバッターもいるし、この試合で色々と経験して欲しい。
ノーアウトで出たランナーを、咲進学園は送りバントで進める。バントエンドランの形になり、咲進学園の6番バッターは器用にファースト、セカンド、ピッチャーの中央に転がした。
「……っ、ファースト!」
「はい!」
湘東学園のファースト、セカンド、ピッチャーの3人の内、守備の動きが一番良いのはセカンドのひじりんだ。次点で智賀ちゃん。番匠さんは、結構フィールディングに難がある。
今回のバントの球が転がったのはこの3つのポジションの中間だけど、近い順から並べるとピッチャー、ファースト、セカンドだった。そして詩野ちゃんなら、迷うことなく「セカンド!」と叫んだはずだけど、塩野谷さんはファーストの智賀ちゃんに捕球指示を出す。
これにより、番匠さんはファーストのベースカバーに入ろうと全力疾走するけど、セカンドのひじりんの方が足は速いから、ひじりんに任せても良かったんだよね。結果的に番匠さんがファーストのベースカバーに入ったけど、判定はセーフ。ファーストへの内野安打となり、ノーアウトランナー1塁2塁のピンチを迎えた。
ここから咲進学園は下位打線に入るけど、9番の川江さんはバッティングも良い。7番は送りバントを成功させ、ワンナウトランナー2塁3塁という状況になる。同点は、覚悟しておいた方が良いかなと思ったら、番匠さんはフォアボールを出す。これは、塩野谷さんのサイン通りの敬遠かな。
「打たせていくので先輩方よろしくお願いします!」
塩野谷さんはマスクを一度脱いで、大きな声を出す。ああいうところは詩野ちゃんにはなかったところだし、塩野谷さんも良いキャッチャーになるよ。一つ上に坂上さんと原田さんという他校であればスタメンを張れる捕手が2人いるけど、その2人を押しのけると思う。
ワンナウト満塁となり、迎えるのは9番の川江さん。9番に居ながらも、打率は4割超えでチャンスに至っては5割超えと普通に強打者だ。県大会でのタイムリーヒットの数はチーム最多だったはずだし、ホームランこそないものの長打率は高い方。
そんな川江さんを相手に、初球からスローボールを投げる番匠さん。……肝が据わっているのは、塩野谷さんか。いや、2人ともだね。速球のタイミングで待っていただろう川江さんは、スイングを崩して空振りしワンストライク。下手に当てたら、併殺になると感じたから空振りしたんだろうし、相手もかなり手強い。
0-1から2球目。番匠さんが足を上げると同時に、3塁ランナーがスタート。バントの構えをする川江さんを見てスクイズを仕掛けてきたのだと判断した私もスタートし、塩野谷さんは反射的に立ち上がる。
そして番匠さんが、高めにボールを外そうとし、大暴投をした。外そうとしたことは別に良いし、実際に外せたのだけど、今日の捕手は詩野ちゃんではなく塩野谷さんだ。当然、大暴投に対応出来ずに後逸し、3塁ランナーどころか2塁ランナーまでホームに還って来る。
満塁にしたのが裏目に出て、1対2と逆転された上でワンナウトランナー3塁。しかもこの後、川江さんにレフトフライを打たれて、これが犠牲フライとなる。2回を終えて、番匠さんは3失点という結果になった。
……久しぶりに、湘東学園がリードされる展開だね。ここ半年ぐらい、ほとんどなかったことだから2年生達にも緊張感が出て来た。3回表の攻撃は、9番の水江さんから。この回に同点にするか、せめて1点は返したいけど川江さんが絶好調なようでまた135キロを出した。
「1年生バッテリーを出して初戦敗退とか、そうはならないよね?」
「詩野ちゃん、圧が怖いよ。
まあ、この回で逆転するでしょ。川江さんの球、2巡目ならうちの打線は捉えるよ」
先頭バッターの水江さんはセカンドフライに倒れるも、真凡ちゃんが2打席連続となるヒットで出塁すると、高谷さんもセンター前ヒットで続く。この場面で3番のひじりんが、サードの前に転ばすバントを決行し、意表を突いたのかオールセーフとなった。ワンナウト満塁、2点差で、私の打席か。向こうはマウンドに守備陣が集まっているけど、敬遠か否かの相談かな。
……満塁での敬遠はもう慣れたけど、こういう場面でも打てないのね。2点差が1点差になって、前の打席で三振した智賀ちゃんが今度はフェンス直撃のツーベースヒットを打つ。1塁ランナーの私は、3塁を回ってホームへ滑り込む。この回に4点を獲得したため、湘東学園はあっさりと逆転し、5対3と逆に2点のリードを奪う形になった。




