第309話 番匠留佳
「番匠さん、結構良かったじゃん。関東大会では使おうよ」
「あれをリードする捕手の気持ちも考えてよ。ストレートとツーシームはほとんどコントロール出来ない。暴れ球は逆球になる確率が6割。打たれるか打たれないか、ギャンブルみたいなものだよ」
光月ちゃんと番匠さんの勝負は光月ちゃんの勝ちだったけど、番匠さんの強さが垣間見えた勝負だとも思う。もっと早い時期に野球を始めていたら、番匠さんは中学の時点で有名になっていたんじゃないかな。
そして中学時代に有名だった光月ちゃんは、どんどん相対的な評価で落ちて行っている。体格は良いし、パワーもある。守備はプロ並み。ただ、スイングを崩してバットに当たらないだけ。
北条さんか、光月ちゃんか。実を言うと、この2択になっている。……北条さんは、結構強気なんだよね。ヒットを打ったら守備にも出場したいって、先輩を押しのけて出場したいということだし。
2年生の面子の中には、あのセリフで北条さんを生意気だと認定した人もいるようだけど、実力のある野球選手なら出場機会を求めるのは当たり前のことだし、現に北条さんは実力がある。……だからこそ、頭が痛い。
「経験値なら、光月ちゃんの方が上なんだけどねえ……」
「北条は、今年の夏の甲子園に出て来るような投手に対応できるの?」
「微妙。真弘ちゃんや根岸さんを、打てるとは言えないかな」
中学生最強クラスのバッターが、高校になってすぐに高校最強クラスの投手を打てるかというと私という例外を除いてみんな打ててない。ひじりんだって、1年目の夏は苦労したしね。
3年生になってから、詩野ちゃんとは席が隣同士になったのでよく相談をするようになった。元々相談をしやすかったタイプだけど、接する機会が増えたからずっと喋ってる気がする。
「久美ちゃんは、北条さんか光月ちゃんのどちらが抑えやすそう?」
「そりゃ北条さんですよ。まだ高校野球の経験が浅いんですから。
北条さんより、番匠さんの方が不気味で怖いですけど。なんですかあのパワー」
「握力80キロあるらしいよ。1年の時の私より上じゃないかな」
「え、今カノン何キロなの」
「100キロ。
……冗談じゃないよ?ほんとだよ?」
久美ちゃんは、番匠さんのパワーの方が怖いという。何気にあの歓迎試合で、唯一の打点を上げているから勝負強さもあるんじゃないかな。何にせよ、あの逸材がどう成長するかで、今後の湘東学園の行く先が決まって来る。関東大会までに、最低限のコントロールは付かないかな?
「久美ちゃんはストレートの持ち方で、指を縫い目に引っかけないで投げれる?」
「ツーシーム、ではないですねこれ。本当に初心者しか、この持ち方はしませんよ」
「初心者でも、縫い目に引っかけて投げる方が楽だと気付けるものだしね。
……あのブレ球は、本当に凄いよ」
去年、夏の大会が終わった後に乗り込んで来た番匠さんの球はそんなにブレる球だと感じなかったけど、よく考えたらあの時に硬式球を初めて投げたのかな。成長速度も著しいし、極力試合には出させてあげたい。
ふと、視線をスマホに落とすと智賀ちゃんからラインで台湾との親善試合で2打席連続のホームランを打ったと報告が入る。優紀ちゃんは、5回2失点という結果だったらしい。優紀ちゃんは選抜甲子園の決勝戦で5回まで完全試合だったし、ほぼ内定は確定だと思っていたけど、国際球に慣れなかったのかな。
国際球は、変化球に頼るタイプだと案外キツイかもしれない。去年も友理さんとか、スライダーのコントロールに苦しんでいたし、私だってコントロールが若干落ちた。コントロールと変化球が武器の優紀ちゃんにとっては、不利を受ける。
それでも、悪いながらも2失点で抑えたのは優紀ちゃんが成長した証だね。あと今年の台湾代表はそこそこ強い打者が揃っているようだし、そこらの強豪校より強い打線なのは間違いない。
ひじりんは4打数3安打と、木製バットでもちゃんと結果を残していた。真凡ちゃんと同じく小柄ではあるんだけど、ひじりんはちゃんと中学生の時から筋肉を考えて付けているから、パンチ力はあるんだよね。ホームランを打つのは難しいけど、外野オーバーのツーベースヒットなら簡単に打つ。
湘東学園から、5人の代表が出るかなとか思いつつ、日本代表候補対台湾代表の試合結果を見る。試合は9回まで行われて、8対3で日本代表が勝利していた。何気に、ピッチャーの方は根岸さんや真弘ちゃんも選ばれているね。去年も結構良い投手が揃っていた印象だけど、今年の方が層は厚いかな?
統光学園では友理さんと新開さんが既に代表確定済みで、野手は4番を打ってる池田さんが選ばれている。今年の日本代表は、総合力では去年より上だし楽が出来そう。
「私も選ばれたかったな……」
「今からでも遅くないんじゃない?あと私のストレートを取れる捕手がいなかったら、詩野ちゃんが追加招集されるかも」
「流石に、代表に選ばれる捕手が142キロのストレートを落とすわけないでしょ」
「いや……どうだろ?」
詩野ちゃんも出来れば代表に選ばれて欲しかったけど、各校3人縛りは思っていた以上に残酷な制限だと思う。去年の大阪桐正のレギュラーとか、そのままでU-18W杯に挑んでも良い成績残したと思うし、それだけ強い人が多かった。
……あれ?智賀ちゃんもしかしてこの試合、5打席4打数4安打1四球2本塁打?本当に、初心者同然の頃から僅か2年でここまで成長するとは思わなかった。だからこそ、湘東学園では初心者の入部も歓迎している。誰が芽を出すか、誰が化けるかは分からない。可能な限り、可能性は拾い集めていきたいね。




