第307話 3年生
ワンナウトから尾崎さんが代打にホームランを打たれて動揺するけど、塩野谷さんも動揺しているね。リード的には問題なかったと思うけど……そもそもデータのない相手なんだから、いつまでも気にしなくていいのに。
ホームランが出て勢いづいた鎌倉学院は、上位打線に戻り、尾崎さんに連打を浴びせる。ツーアウトランナー1塁3塁となり、4番に手痛いタイムリーツーベースを打たれて5対3となった。続く5番のライトへの打球を、高谷さんが追いついて取っていなかったらもう2、3点は取られていたね。
5対3となり、迎えた4回表の攻撃は1番の高谷さんから。鎌倉学院の変わったばかりの2番手投手は変化球が多彩なようで、粘ろうとしたところを大きな変化のシンカーで打ち取られ、ワンナウト。
ここで今日2打席ノーヒットの光月ちゃんに打席が回るけど、左バッターの光月ちゃんにとって、食い込んでくるような右投手カットボールを流してレフト前ヒット。……ヒットにはなったけど、スイングが崩れているからかなり重症。今年の春合宿でまた糸留さんを呼ぶ予定だから、その時に復調しないと光月ちゃんはかなり苦しいね。
ワンナウトランナー1塁の場面。私と真凡ちゃんを敬遠してワンナウト満塁の状況を作るのも鎌倉学院の視点ではありだと思うけど、勝負してくれたので初球のシンカーをセンター方向へのバックスクリーンに叩き込む。まあ、今日負けても夏の大会でシード権を得られる以上、鎌倉学院側も勝負したかったのかな。
7対3と4点差になって真凡ちゃんがセンター前へのヒットを打つけど、牛山さんと水江さんが共に打ち上げてしまったのでスリーアウト。2番手投手の方が、変化球の変化量が多いから苦労しそうな感じがするかな。エースの方は球速が速かったけど、2番手投手はタイミングが取り辛いぐらいには遅い。
「尾崎さん。この回までは投げて貰うから、下位打線はきっちり抑えてね」
「……はい!」
4回裏は6番からの攻撃だったけど、ツーアウトからヒットを打たれてツーアウトランナー1塁に。ここで鎌倉学院は、代打を出さなかった。これは、3番手以降の投手が出せない状態なのかな?
試合を壊さないためにも、投手を変えられなかったとしたら鎌倉学院の層はかなり薄くなったと見て良い。案の定、9番の2番手投手はサードゴロを打ってくれたので私が処理してスリーアウト。尾崎さんは、2回を投げて3失点という成績だね。もしリードをしていたのが詩野ちゃんだったなら、ホームランを打たれた後の追加点は防げたかもしれないと考えるとキャッチャーの重要性がよく分かる。
6回コールドを無理して狙う必要もないので、5回表の攻撃でワンナウトから尾崎さんに代打を出して、北条さんを出す。すると打席に向かう前に、私に向かって頭を下げて口を開いた。
「カノン先輩、もしヒットを打ったら裏の守備に就いて良いですか?」
「なっ!?」
「ツーベース以上なら良いよ」
「……分かりました」
内容は水江さんと代わって試合に出たいというものであり、北条さんも結構大胆なことを言うなと思った。水江さんと北条さんの視線が合っていたけど、完全に火花が散ってたよ。
北条さんの条件はヒットを打つだったけど、この試合の水江さんはホームランと犠牲フライと、キッチリ仕事をしているし、2打点の活躍だ。水江さんとの交代は、北条さんがツーベースヒット以上を打つという条件に変えた。
そして結局、北条さんはライト前へ運ぶヒットを打つ。今のところ、高校野球の公式戦成績は3打数3安打かな?神戸ガールズの2つ下のキャプテンが、よく来てくれたと思うよ。北条さん以外、宝徳学園に進学してるし。
1番に戻って、高谷さんが打った打球はファーストライナーとなり、北条さんは戻れずにダブルプレー。高谷さんの併殺は、結構珍しいかな。足が速いから基本的には併殺になりにくいのだけど、ライナー性の打球は仕方ない。
5回表は無得点で、試合は7対3と4点差のまま、5回裏の鎌倉学院の攻撃に移る。まだ向こうも全然諦めていないけど、ここから先は久美ちゃんが投げるから間違いなく逃げ切れる。最悪、私も登板するしね。
選抜の決勝戦では、優紀ちゃんに差を付けられちゃいましたと言っていたけど、選抜の後の久美ちゃんの評価は「ドラフト1位で取りに行く選手ではないが、2位以降ならあり」という感じになっている。私自身、久美ちゃんはプロになれる素質があると思うし、優紀ちゃんが化け物スペックなだけで、久美ちゃんも十分に強豪校でエースになれる実力の持ち主だ。
鎌倉学院の上位打線を相手に初球から大きく曲がるドロップカーブを投げ、連続三振に打ち取る久美ちゃん。その最中、塩野谷さんが2回ボールを落として振り逃げを許しそうになったのでここで塩野谷さんから詩野ちゃんに交代。これは、御影監督の判断だね。まあ私も、この交代に異論はないけど。
「カノンは悠長過ぎるよ。逆転の可能性もあるのに、尾崎さんを続投させたり……」
「最悪、1点差まで詰め寄られても問題ないと思ったけどね。あまりに湘東学園の面子は、大差勝ちに慣れているから」
「……それは私も思ったけど、公式戦でやることじゃないでしょ」
「むしろ練習試合で枷つけて接戦にして、公式戦での接戦の緊張感を味わえるの?」
詩野ちゃんが出てきて、久美ちゃんの調子が良いならもう間違いは起こらない。5回裏からの3イニングを、久美ちゃんは完全にシャットアウトして湘東学園は鎌倉学院に9対3で勝利した。




