第306話 1年越し
今日の先発の宮守さんは、昨年の春の県大会の準決勝が初登板だった。2回を投げて、統光学園を相手に5失点という散々な結果だったことを覚えている。
でもあの時、私は宮守さんがもっと失点すると思っていた。あの頃の統光学園って、打線が甲子園強豪校レベルで強かった気がするし、切れ目のない打線だったからね。
あれから1年。あまり出番はないけど、中継ぎエースとしてずっと1軍だった宮守さんの縦スライダーは尋常じゃなく落ちるようになったし、その変化量を調整できるようになった。まだ高校生、1つの変化球を極めるのも間違った方向性じゃない。
1対0で迎えた1回裏、鎌倉学院の攻撃をキッチリと3人で抑える宮守さんは成長したと思う。ただそれ以上に、あの塩野谷さんがキッチリと宮守さんの縦スラを捕球できているのは凄い。絶対零すと思ったもん。現に坂上さんとか、今でもたまに零すし。
鎌倉学院の攻撃を0点に抑えて、2回表の湘東学園の攻撃は7番の水江さんから。北条さんとのレギュラー争いで勝つなら、守備の面でも打撃の面でも上だという結果を残さないと難しい。
「あ、そうだ。久美ちゃんは肩を温めておいてね」
「え?今日は宮守さんと尾崎さんで回す予定ですよね?」
「たぶん、尾崎さんは打たれるよ。宮守さんもそんなにスタミナがある方じゃないし、5回まで持たないかも」
既に尾崎さんと坂上さんがキャッチボールをしているけど、その隣で久美ちゃんと詩野ちゃんのキャッチボールをさせる。捕手が3人いると、投手を2人まで準備出来るのは大きいね。
ただその分、代打要員や守備要員が減るのは痛い。そう思っていたら、水江さんが打球をかっ飛ばす。ストレートを完璧に捉えた打球はスタンドに入って、2点目を獲得。ショートのレギュラー争いは、かなり激しいね。
「水江はサードで使う手もあるんとちゃうか」
「投手への代打で出て、そのままサードでも良いとは思います。ただサードの守備は熊谷さんの方が上手いですし……私がセンターに戻りましょうか?」
御影監督が水江さんをサードに持って行く案を出してきたけど、そうすると私がセンターへ行くことになって、高谷さんか光月ちゃんがベンチになる。選手としてのタイプも違うし、比較はし辛いけど高谷さんか光月ちゃんを外す選択になるなら水江さんは使い辛いかな。
塩野谷さんの公式戦初打席は三振に終わって、宮守さんもピッチャーゴロでツーアウト。ここから高谷さんがセンター前へのヒットを打つけど、光月ちゃんがライトフライに倒れてスリーアウトになる。
その裏、宮守さんはフォアボールとヒットでノーアウトランナー1塁2塁のピンチを作ると、塩野谷さんは今大会で好調な6番バッターを敬遠する。これ、詩野ちゃんでは絶対に出ない発想だね。私でも出ないし、ノーアウト満塁になるのによくやるよ。
続く7番の人を、ピッチャーゴロに打ち取るとフィールディングの良い宮守さんはまずキャッチャーの塩野谷さんに送球し、塩野谷さんはホームベースを踏んでワンナウト。塩野谷さんは私に送球してツーアウトになって、私から1塁へ送球するとバッターランナーがギリギリ間に合わずスリーアウト。
1-2-5-3のトリプルプレーだね。塩野谷さん、送球までが早くて肩も強いから、今年の秋からはスタメンになりそうかな。ただ自分から好んで死地に飛び込む性格は、データの裏付けがあったとしても怖い。宮守さんは縦スライダーを細かく調整できるから、内野ゴロに打ち取ることが得意だけど、ショートかセカンドに飛んでいればホームでの1点はまず防げたか怪しい。
まあ、結果的に0点ならそれはそれで良いけど。2対0で3回表になって、私の打席だけど勝負してくれる感じかな。ノーアウトランナーなしで、後ろが真凡ちゃんだし敬遠するメリットはそんなにない。
1球、大きく外れてカウント1-0になってから2球目。インハイ高め、若干ボール気味の球をレフトスタンドへと運ぶ。湘東学園は今日2本目のホームランで、試合は3対0と3点差に。
続く真凡ちゃんがヒットを打つと、牛山さんがツーベースヒットを打って4点目を獲得。6番の関口さんがセンター前へのヒットを打つと、ノーアウトランナー1塁3塁で水江さんが犠牲フライを打ち、この回一気に3点を獲得した。
「尾崎さんも、2イニングを目標に全力で投げて良いからね」
「はい!」
3回表の攻撃中に宮守さんには代打を出したので、3回裏からは尾崎さんが登板。宮守さん、3イニング目はあまり投げたことがないし、結構露骨に変化量が減るから元々そんなに多いイニング数を投げさせるつもりはなかった。
前までは、回跨ぎも苦手だったぐらいだしね。最初から先発として長いイニングを投げるつもりがあるなら投げられるけど、スタミナ気にしないで投げる方がやっぱり球の勢いは良い。
3回裏から登板することになった尾崎さんは、普通のカーブ、スローカーブ、ドロップカーブの3種類のカーブを扱えるけど、まだフォームで球種がバレそうな感じかな。選抜では投げてなかったし、データがまだ取られてない選手だと思うけど……。
投手陣の中では、1軍当落ライン上にいるからここで結果を残せないと浜川さんや及川さんと入れ替えになると思う。さらに下から、番匠さんや園城寺さんが突き上げてきているから彼女も必死だ。
この回の鎌倉学院は8番からの打順だけど、次の9番には代打かな。ピッチャーじゃなくて、ふてぶてしい子がヤンキー座りをしている。まるで番匠さんみたいだ。あれ?19番ってことは、あの子が数少ない1年生の中でベンチ入りをした子?
そう思っていると、1人目を無事に三振に打ち取った尾崎さんが若干上機嫌になっていることに気付く。……5点もあるし、1点ぐらいは良いかな。
3回裏、ワンナウトランナーなし。5対0の状況で、エースに代打を送った鎌倉学院は、背番号19番を付けた1年生が打席に立つ。尾崎さんの最速122キロのストレートを、見事に捉えた彼女は、ライトスタンドへ打球を放り込んだ。
1点を返され、5対1。尾崎さんの動揺を見るに、あと2点ぐらいは失点しそうかな。これは、久美ちゃんに肩を作らせておいて正解だったね。




