第303.5話 練習試合
湘東学園が春の神奈川県大会の3回戦と4回戦に挑む土曜日と日曜日に、湘東学園の2軍メンバーは東京に来ていた。
「城西高校って強いのか?」
「東東京でトップ3には入る超強豪校っすよ。相手もたぶん、2軍っすね」
「あ?何でそんなこと分かるんだ?」
「向こうも春の都大会があって、城西高校は普通に勝ち進んでいるからっす」
バスで移動した2軍の面子は、城西高校のグラウンドに招待される。中高一貫の私立校であり、東京都の高校にしては広いグラウンドを保有しているが、湘東学園の広いグラウンドに慣れている2軍の大半の面子は「そこそこ良い」程度にしか思わなかった。
木場と会話をしながら、番匠は先輩達についていく。すぐ隣には、1軍に塩野谷が招集されたせいで手持ち無沙汰になっている園城寺もいた。
「今日の1試合目は、番匠さんに投げて貰います。失点が5点を超えた時点で、浜川さんと交代させますのでそのつもりで」
「マジっすか!?っしゃあっ!」
「やっぱり4点を超えた時点にしておきましょうか?
いい加減、落ち着きを持って行動してください」
萩原監督から、1試合目の先発を任せると言われ、叫んだ番匠は落ち着くように言われて条件が厳しくなった。その後、2試合目は園城寺に先発させることを告げ、スタメンを発表した。
湘東学園2軍 スターティングメンバー
1番 左翼手 上田香衣
2番 右翼手 下田海里
3番 中堅手 吉村百合
4番 一塁手 桧山みさ
5番 捕手 原田文華
6番 遊撃手 佐原美鶴
7番 三塁手 大鷹夏妃
8番 二塁手 木場咲音
9番 投手 番匠留佳
スタメンが発表された後、木場は自分がスタメンになるとは思っておらず、声に出してしまう。
「え、私がスタメン……?」
「何か不満がありますか?」
「いえ、ありません!」
自身が素人であり、2軍と言えども自分よりも上手いセカンドが居る中で、スタメン起用になるとは思ってなかったからだ。そして木場は、2軍にも入れなかった先輩達がいるのを理解している。尊敬する番匠ならともかく、自分がそういう人達を押しのけて選ばれるとは想像すらしてなかった。
「2試合目は木場さんではなく堀下さんを使いますし、これは練習試合ですからね。上手くなりそうな人を、上手くなりそうなタイミングで使っているだけです。
試合は30分後からなので、今からアップと柔軟はしっかりとしてください」
2軍の全員に準備をするよう言うと、萩原監督は手に持ったノートパソコンを開いてベンチに座る。2年生達が各自、身体を伸ばす仕草を始めたのを見て、1年生の3人は慌てて地面に座り、前屈のストレッチから始めた。
「良かったじゃねーか、木場も試合に出れて」
「う、本当に謎っすよ。あの歓迎試合に出た野手の中で、一番エラーをしていたのに、何で私が選ばれたんっすか。
お嬢様は何か知ってるっすか?」
「そのぐらい、自分で考えなさいな。
……何で自分のエラー数が1番多いのかは、分かってるかしら?」
「え、それは自分の守備が下手だからっすよ。あと、滅茶苦茶狙われたっす」
ストレッチの最中、番匠は木場に声をかけ、木場は園城寺に何で自身が選ばれたのかを聞く。たった数日の間で、園城寺が相当なお金持ちだということは木場も認識出来たため、お嬢様呼びをしているが、それが気に食わない園城寺はぶっきらぼうに答える。
しかしそこで会話が終わらせるのももったいないと思った園城寺は、木場に対して1つヒントを出した。今回、1年生の木場が2軍に選ばれたことに、大半の選手は納得しているし、同じ1年生達もそこまで違和感を感じてなかった。
木場の回答に、園城寺は困った表情になる。2軍打線が木場を狙ったのは、前情報から北条を避けてヒットを打とうとしたからだ。そして北条を避けてヒットを狙おうとすると、セカンドベースの少し右側を通るようなセンター前ヒットや、一二塁間を破るライト前へのヒットが候補になる。
そういったヒットコースの打球に、足が速い木場は追い付いていた。また番匠ほどではないにしろ喧嘩三昧だった中学時代のお蔭で、反射神経は良く、打球が飛んできた際の反応速度もかなり早い。普通のセカンドゴロもエラーにはしていたが、それは後々の試合や練習で補える。ヒットコースの打球に追い付いている時点で、彼女はセカンドとして育てる価値が高いと判断された。
「っし、いくぞ」
「……あなた、その口調は治らないのね」
「おう。もう癖みたいなもんだからな」
準備運動が終わり、城西高校との練習試合が始まる。1回表、湘東学園の攻撃は上田と下田の連続ヒットから始まり、4番の桧山がフォアボールを選んでワンナウトランナー満塁となる。
そして今日は5番の原田がホームランを打ち、いきなり4点の先制に成功し、裏の守備を迎える。4対0とリードを貰った状態で先発を務める番匠はマウンドに登り、その初球。
相手の城西高校の1番、滝沢に向けられて投げられた投球は、滝沢のお尻に当たる。130キロをオーバーする速球が当たり、滝沢は涙目で番匠を睨んだ。それと同時に、またとんでもない1年生が湘東学園に入ったことを、城西高校の2軍面子は理解する。
初回から先頭バッターを出した番匠はその後、三振とフォアボールを重ね、ツーアウト満塁のピンチを迎えるも無失点に抑える。2回と3回もフォアボールでランナーを背負うも、0点で抑えた番匠は、4回になると球威の陰りが見え始めた。
3回まではノーヒット、与四球6、与死球1という内容だった番匠は、4回にヒットとホームランを打たれ、一気に6失点をする。そこで番匠は交代となり、後続を0点で抑える浜川を眺めることしか出来なかった。
城西高校の2軍と湘東学園の2軍の練習試合は、最終的に12対6で湘東学園の2軍が勝利する。この試合で初めて他校を相手に投げた番匠は、3回と1/3イニングを投げて被安打4、被本塁打1、与四死球8、自責点6という結果に終わった。




