第32話 雨模様
3回戦当日。今日は1日中雨という予報だけど、超過密日程の神奈川大会は小雨程度では中止しない。小雨が降ったりやんだりしているけど、試合は始まった。
今日の試合は、大きな山場だ。優勝候補の一角である、東洋大相模。プロ注目の選手が何人もいるし、神奈川県大会の本命中の本命である。
そんな中で今日は、小山先輩がとうとうジャンケンに勝った。練習試合を含めても負け続けていた小山先輩が、先攻後攻を決めるジャンケンに勝ったということで大いに盛り上がったし、後攻を取れたのは大きい。
試合開始前に、相手の先発を見る。大方の予想通り、柏原さんが先発だった。1年生だけど、彼女が実力的には2番手なのかな?
……いや、公式戦に慣れさせるための登板か。彼女達にとって、ベスト16に入る5回戦までは前哨戦なのだと思う。3回戦というのは、ただの通過点なのかな。
これが初戦じゃ無くて、本当に良かった。初戦だったらエースの小鳥遊さんが先発だったし、絶望感しか無かったと思う。
とにかく、あの柏原さんから3点は取らないと厳しい。大野先輩と久美ちゃんと私で、相手打線を零封することは難しいだろうし。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 中堅手 実松奏音
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 二塁手 鳥本奈織
4番 一塁手 小山悠帆
5番 右翼手 江渕智賀
6番 三塁手 西野優紀
7番 左翼手 伊藤真凡
8番 投手 大野球己
9番 捕手 梅村詩野
今日の打順は、1番に据えた私を中心にして組み立てられた。7番の真凡ちゃんからも打線が繋がるように、攻撃中は詩野ちゃんと投手が相談しやすいようになっている。
……5番6番の打率が低いから、ここが打順の切れ目でもある。柏原さんは124キロの直球と、カーブ、シンカー、スライダーなどの多彩な変化球を投げられる。確か、中学時代での対決ではシュートも投げていたかな。
シュートは変化量が少なかったはずだし、スライダーもあまり曲がって無かったはず。記憶にあるのはここまでだけど、見た感じ身体は一回り以上大きくなっているから対戦が楽しみだ。
というか女子野球はだいたい男子野球の-15キロぐらいの感覚だから、柏原さんは変化球が多彩なMAX139キロの1年生ということになる。普通の中堅校だったらエースになれるな。
1回表、東洋大相模の攻撃はセカンドの奈織先輩のファインプレーもあって三者凡退だった。一球も大野先輩が空振りを誘えなかったところに相手打線の強さを感じるし、立ち上がりで点を取られなかったのは奇跡だろう。
そんなことを考えながらベンチに帰る途中、詩野ちゃんに捕まる。防具を付けたまま、背中からギュッと抱き締められてもあまり嬉しくないかな。
「……守備位置で、私の指示がおかしかったら、おかしいよってサインを出してくれる?」
「え、何で?」
「だって、カノンの守備位置の方が適切だし。さっきの外野後退のサインも、1歩しか下がらなかったどころか、じりじり前に出ていたし」
「いや、あれはビデオの時より振りがコンパクトだったし、意識がセンター前だったから……」
そして守備位置のサインがおかしければ、間違っているというサインを出してくれと頼まれる。どうやら今の回で3番打者を相手に、後退守備のサインが出ていたのに前進したことについて言及している感じだ。
……私自身、長年の勘と観察眼でどこら辺りに打ちそうか感覚で掴んでいるだけだけど、詩野ちゃんのサインとはよく相反していた。
「2回戦の時も、前進守備のサインをカノンが守っていたら負けてた。今までに、カノンがサインを無視した時は、全部カノンの方が正しかった。だから、私がおかしかったらサインを出して」
「ん……今日の試合だけなら、別に良いよ。おかしかったら、コンコンって2回足で地面を蹴るね」
「……ありがとう。これで私は、安心できるから」
本当は、そういう所で私を頼って欲しくはない。でも、いつまでもサイン無視をしているというのは気分的にも良くないし、可能な限り詩野ちゃんの成長も手助けしていく。配球やキャッチングは完璧なのに、守備位置のサインに関しては完璧じゃないから、そこが気になっているのかな。
私が詩野ちゃんの守備位置のサインでおかしいと思ったら、右足のつま先を2回、地面に当てることになった。内野の守備位置の方も確認して欲しいとのことだけど、私がサインを出していると気付かれるのも厄介なので、外野だけにした。
……さて、会話はここまでだ。1番バッターは私だから、ベンチに戻ったら急いでバットを持ち、素振りを開始する。1打席目から、敬遠されることは無いだろう。2回戦は1打数1安打3四球だし、初回から敬遠は警戒し過ぎている。
何より、強豪校が初回の先頭打者から敬遠は出来ない。そう信じて打席に入ると、キャッチャーは座ったままだし、勝負をしてくれるみたい。
初球、柏原さんは直球を外角低めに決めて、カウントは0-1になった。いや、本当に勝負をしてくれるとは思って無かったから、素直にホームランを打っておこう。
2球目は内角の際どい箇所にシュートを投げ込まれた。低めに決まりそうな球を打ちにいき、腕力だけで引っ張る。
打球は、レフトポールに当たった。




