第293話 下の世代
6回表から私がマウンドに登り、今日は最速140キロだったストレートを軸に1人目を三振に打ち取ったところで、9番の真弘ちゃんに代打が出される。続くバッターは裕香ちゃんだし、ここで仕掛けるしかなかったんだろうね。
「坂上さんは、左手大丈夫?」
「流石に練習しましたから速球は大丈夫です。縦スライダーやシュートも大丈夫ですが……あの速度で大きく変化するツーシームは少し自信がないです」
「うん、わかった。坂上さんにまで怪我をされると、捕手がいなくなるからストレート中心で行くよ。だから左手は、頑張って耐えてね」
「わかりました」
坂上さんが捕手をすることになって、ツーシームは使えなくなったけど変化球は大丈夫だから問題はない。全力のストレートを投げ続けると捕球する坂上さんの左手への負担が心配だけど……気にしてもしかたないね。そもそも練習の時のように、連続して受けさせるわけじゃないし。
代打で出た子は、1年生の江森 真知子さん。一つ下の世代の、ガールズ全国優勝チームのスタメンだった子だね。ひじりんや光月ちゃんのチームメンバーでもあるし、出塁率は異様に高かったはず。
でも速球にタイミングがまったく合ってない空振りする辺り、まだまだって感じはするね。もう一球、続けてストレートを投げたところで、バットからは快音が響いてレフト方向への大飛球になる。
「センター!」
詩野ちゃんの指示が出ないことは分かっているので、代わりに私が大声を出す。センターを守る光月ちゃんは、走りながらフェンスギリギリで捕球した。あぶないあぶない。僅か1球で修正する辺り、代打で起用されるだけのことはあるね。
でもこれでツーアウト。続く裕香ちゃんは、縦スラとシュートを投げてツーストライクに追い込む。どちらも、軽くカットされてファールになっているから、速球待ちだろうね。
……宝徳学園は、私の140キロのストレートに照準を合わせて練習をしたのかな。そしてそれを待っているなら、わざわざそれを投げる必要はない。一番緩急を付けられるカーブを投げて、タイミングをずらす。
カウント0-2からのカーブを打ち損じた裕香ちゃんの打球は、一二塁間を抜けようとするけど、ひじりんが捕球して送球。ライト前へのヒットが、アウトになるひじりんの守備力には本当に助けられるね。6回表が終わって、スコアは1-2。
この回の攻撃でもう1点が欲しいし、打順は3番の真凡ちゃんからだから普通なら1点は入るんだけど……まあ当然、真弘ちゃんから代えるならあの1年生しかいないよね。
去年の夏の甲子園で、不調気味だった真弘ちゃんは連投の疲れもあり、躍動した大阪桐正打線相手に4回途中までで9失点をしている。そしてその後、4回途中から7回までを投げたのはあの1年生だ。その間の失点は、僅か2点。あの黄金世代の大阪桐正打線を相手に、三振の山を築いた。
この選抜甲子園では真弘ちゃんと双璧の2番手として投げて、未だ無失点。ガールズ全国優勝投手の馬郡 浩江さんだ。……いや本当、神戸ガールズから宝徳学園へ行く人が多いから宝徳学園は今までも強かったし、近年は特に強い。主に私のせいだけど。
この子もまた、ひじりんや光月ちゃんの元チームメイトだね。というか宝徳学園で1年生なのにベンチ入りしているメンバーは大抵神戸ガールズ出身だから、ひじりんや光月ちゃんの元チームメイト。そして私の元後輩でもある。関わった子は多いし、私が色々と教えてあげた子もいる。
私が湘東学園に来なかったら、宝徳学園に行っていたら、この宝徳学園の面子に私とひじりんと光月ちゃんが居たんだよね。そう考えると、やっぱり宝徳学園に行かなかったのは正解だと思う。また3年間、私のチームが連覇するところだったよ。
私よりも関わった期間が1年長いし、ひじりんや光月ちゃんなら打てるかなと考えていたら落差のあるスプリットに真凡ちゃんが空振りする。あの落差はヤバイね。最高球速も130あるし、こりゃ来年の宝徳学園も強い。
ひじりんや光月ちゃんの代は、あれを打ち崩せないと甲子園優勝が難しくなる。この回先頭バッターの真凡ちゃんは、鋭い打球を飛ばすもショートライナー。裕香ちゃんの守備範囲の広さに阻まれ、ヒットにはならなかった。
そして4番の私との勝負は避けられ、ワンナウトランナー1塁の場面で智賀ちゃんと勝負するみたい。真弘ちゃんは安全に行くために智賀ちゃんとも勝負しなかったけど、馬郡さんは勝負するのか。
初球のスプリットに、空振りをする智賀ちゃん。あの落差の大きい、しかもストレートと速度差があまりないスプリットは脅威だね。今年の夏には、更に一回り成長してそうで楽しみかもしれない。
盗塁して1塁が空いたら敬遠してくるかもしれないけど、走ってみようか。私が盗塁の意思を示すと、御影監督はヒットエンドランのサインを出す。
カウント1-1から3球目。馬郡さんが投げた球はカットボールだったようで、智賀ちゃんの打球はファースト方向へ飛ぶ。流し打ちにしては凄い速さの打球だったけど、勇奈が飛び込んでノーバウンドで捕球。私の帰塁は間に合わず、最悪のダブルプレーに。
……智賀ちゃんは打球を上げてしまったけど、あの鋭い打球は勇奈ちゃん以外のファーストなら抜けていたことを考えると惜しいとしか言えない。初見のカットボールに合わせて打ったんだから、智賀ちゃんも頑張ったんだけど、運が悪かったね。
試合は最終回の7回表を迎えて、バッターは2番の寺田さんから。ここまでの試合で投げてこなかったから、私のスタミナは有り余っている。4番の勇奈ちゃんの一発以外、警戒する点はないかな。
初球のストレートを内角に決めると、球速表示には141キロと出たようで球場内がざわつく。うん、球は走っているし不安要素はない。2球目、縦のスライダーを引っかけた寺田さんはサードへのゴロとなり、私の代わりにサードに入った熊川さんが処理してワンナウト。
続くバッターをストレートの三振に打ち取り、ツーアウトランナーなしの場面で勇奈ちゃんの打席を迎える。一発のあるバッターだし、粘り強いから厄介なバッターではあるけど、彼女を抑えて決勝に行こう。
カーブとシュートを両方内角の低めに入れ、速いストレートを外角に外した後の4球目。カウント1-2から決めに行ったボールは、縦のスライダーだった。
その縦のスライダーを打ち上げた勇奈ちゃんの打球は、風に乗って伸びていき、レフトを守る真凡ちゃんがキャッチしてスリーアウト。湘東学園と宝徳学園の試合は、2対1で湘東学園の勝利となった。




