第292話 敬遠球打ち
私への敬遠は、ワンバウンドする速球を外の遠いところに投げられる。真弘ちゃんしか速球のワンバウンド敬遠はしないけど、これはピッチャーとキャッチャーの2人に高い技量を求められるからだね。普通の敬遠球だと、私が打ちに来るからバットから一番遠いところへ投げてる。
昨年の篠宮先輩に代わって、今年は南雲 綾ちゃんがマスクを被っているけど、この子もガールズ優勝メンバーの一人です。逸らしても絶対に身体で止めることが出来る根性のある子で、打撃センスは篠宮先輩より良かった。そして肩は、抜群に強い。ただコントロールはそこそこレベル。
昨年の暴投サヨナラは、当然真弘ちゃんの頭の中にあるはず。2球目から、2回空振りをしてカウントは1-2。これでも勝負されないんだから、どれだけ警戒されているかは分かるね。
結局、6球投げさせてのフォアボールになるけど今回はノーアウトで前にランナーがいない。今までは大量得点だったしあまり走らなかったけど、今日は1点を左右する試合だし走るよ。
5番の智賀ちゃんの打席では普通に敬遠する真弘ちゃんだけど、その2球目で盗塁スタート。綾ちゃんは警戒していたみたいだけど、二塁へは滑り込んでセーフ。送球が逸れたのもあるけど、逸れてなくてもセーフだったかな。
今回は、三盗を狙っているので二塁への盗塁時に智賀ちゃんのアシストスイングは無し。カウント2-0から3球目、同じような敬遠球を智賀ちゃんは精一杯腕を伸ばしてスイングする。そうすることで、三塁への盗塁をする私へのアシストになる。
……敬遠球は、私の三塁への盗塁が頭にあったからかあまり大きく外してなかった。智賀ちゃんは、極力送球を邪魔するように大振りにしようとした。そして智賀ちゃんの腕は、背丈相応に長い。
「打った!?」
「カノン先輩、行けます!」
ベンチからは智賀ちゃんが敬遠球を打ってしまったことで優紀ちゃんの叫び声が聞こえ、3塁ランナーコーチに入っている高谷さんが腕を回す。打球は前進守備だったセンター前に転がったようで、ホームを狙うチャンスだ。
ヒットエンドランの形になるけど、センターは強肩の寺田さん。そして中継には、加速装置こと裕香ちゃんが入る。本当、何で中継を挟んでいるのにダイレクト送球より早くなるのかな。
しかし残念ながら、捕球時に既に3塁を回っていた私をアウトにすることは出来なく、本塁はセーフとなる。2塁を狙った智賀ちゃんは綾ちゃんに刺されてアウトになるという勿体ない形にはなったけど、待望の先取点だ。
「すいません、行けると思いました」
「今のはキャッチャーが綾ちゃんじゃなければ成功していた進塁だったし、走って良かったよ。結構逸れるから、ギリギリのタイミングだと思ったら走って良いことは熊川さんに言ってあるし」
智賀ちゃんが謝って来たけど、智賀ちゃんが走ったのは1塁ランナーコーチの熊川さんが2塁へ進めたからだ。そして2塁へ行かせたのは、間違いじゃない。成功していればもう1点の可能性は高かったからね。6番7番が、2年生で打てる期待度が低いというのも2塁へ進めた理由かな。
水江さんとなかやんは、まあ打てないだろうね。真弘ちゃんは、私がいなければ間違いなくドラ1候補だと騒がれるほどの逸材だし、全ての水準が高校生レベルを超えている。そう思っていたら水江さんがライトフライに倒れ、なかやんのバットからは快音が響く。……えっ?
「打ったああああ!?」
「入るよこれ!?」
ベンチからはなかやんが打ったことに驚きの声が上がり、実際に打球は風に乗って、レフトスタンドへ入った。金属バットの芯で真弘ちゃんのストレートを捉えたようで、湘東学園は2点目を獲得する。
4回裏が終わって、2対0。まだワンチャンスで逆転される点差だけど、今日の久美ちゃんなら心配はいらない。4回まで、パーフェクトピッチングだからね。
しかし5回表、先頭バッターの勇奈ちゃんの打球はレフト線に落ち、ツーベースヒットになる。追い込まれてから、辛抱強く粘られて甘く入ったストレートを叩かれたのは痛い。ガールズではずっと私の後ろで、高校ではずっと篠宮先輩の後ろの5番を打っていたから、4番起用は去年の秋になってからのはず。でも何か、4番打者としての風格があったね。
5番の綾ちゃんにバントも決められて、ワンナウトランナー3塁。これは、1点は覚悟しないといけない奴かな。続く打者に外野フライを打たれないよう、スクイズをされないよう最大変化のドロップカーブを連投する久美ちゃんだったけど……。
軽くバットを合わせられた結果、ファースト方向へ流れたゴロとなる。ファーストの智賀ちゃんは、ダッシュして詩野ちゃんへグラブトスするけど、方向がズレる。タッチするまで、少しの距離が出来てしまった。
そこへ勇奈ちゃんが滑り込み、詩野ちゃんを弾き飛ばす。クロスプレーになったわけだけど、これは詩野ちゃんが走路に立ってしまっていたから詩野ちゃんが悪いね。体格の差もあり、詩野ちゃんが弾き飛ばされたこともあって結果はセーフ。しかし詩野ちゃんは倒れこんだ直後に、ファーストへ送球したので1塁はアウト。1点を返され、ツーアウトランナーなしという状況に。
「詩野ちゃん、足大丈夫?」
「……この回が終わったら坂上さんに代わって貰うよ」
「見せて」
案の定、詩野ちゃんは足から血を流していたので坂上さんと交代させる。控えの捕手がいるんだから、今日は無理せず明後日の試合に出られるようにして欲しい。急遽試合に出ることになった坂上さんは、ちょっと緊張気味だけどパスボールもなく7番バッターを三振にさせた。
「で、怪我の具合は?」
「ただの出血やな。捻挫はしとらんし、明日療養すれば明後日の試合は大丈夫やろ」
出血の理由はスパイクの刃が当たったからだろうけど、勇奈ちゃんの滑り込むところに詩野ちゃんが足を置いてしまった以上はどちらが悪いとか言えない。むしろ塁線上に足を置いた詩野ちゃんに走塁妨害が適用されるケースだ。
「……すいません、私の送球が逸れてなかったら」
「あの最速のトスじゃないとアウトじゃないタイミングだったし、智賀ちゃんは気にするなら打ってね。……もう一打席あるとしたら、6回裏の可能性も高いし」
5回裏の湘東学園の攻撃は、3人で終わる。先頭バッターの久美ちゃんの代打として牛山さんが出たけど、ライトフライに倒れてしまった。これはこの1点のリードを、守り切るしかないね。




