第291話 4強
準決勝に進出を決めた4校が決定した。大方の予想通り、ベスト4に入ったのは湘東学園と宝徳学園、大阪桐正と統光学園だ。向こうの山は、友理さんと根岸さんの投げ合いかな。どちらが勝つかまでは断言出来ないけど、層の厚さでは大阪桐正が勝っている。根岸さん以外にも、良いピッチャーがてんこ盛りだからね。
大会11日目。準決勝が2試合ある今日は、第1試合が湘東学園対宝徳学園で、第2試合が大阪桐正対統光学園になる。さて、真弘ちゃんを打ち崩さないとね。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 二塁手 木南聖
2番 中堅手 勝本光月
3番 左翼手 伊藤真凡
4番 三塁手 実松奏音
5番 一塁手 江渕智賀
6番 遊撃手 水江麻樹
7番 右翼手 中谷雅子
8番 捕手 梅村詩野
9番 投手 春谷久美
今日の先発は久美ちゃんだけど、調子は良さそう。準決勝まで来て、今期の甲子園初先発だからね。溜まっていたものもあるだろうし、投球練習で130キロをマークしていた。
そして1回表、1番バッターの裕香ちゃんへの初球に131キロをマーク。自己最速を更新し、久美ちゃんも130キロの壁を突破した投手になった。確か1年の最初の頃は、120キロに到達してなかったっけ?順当一言で片づけられないけど、本当によく順当に成長したと思うよ。
2回戦で島谷さんに出番を奪われた久美ちゃんは、決勝に優紀ちゃんを投げさせることを考えると準決勝しか登板する機会がなくなった。でも宝徳学園も強いし、個人的にはこういう局面で、エースを温存出来る余力があるチームこそが選抜甲子園で優勝できるチームだと思っている。
準決勝と決勝の間で、1日の休養日がある。だから準決勝と決勝でエースを連投させるチームは多いけど……勝ちやすいのは、エースを準決勝で投げさせないチームだ。いやこの場合は、投げる必要がないチームかな。
カウント1-1から3球目の凄い角度で曲がるドロップカーブに追い付かせるようなスイングで裕香ちゃんはバットに当てるけど、ひじりんがキッチリ捕球してセカンドへの小フライでワンナウト。2番3番は連続三振で打ち取り、完璧な立ち上がりで久美ちゃんは1回表を0点に抑える。ただ球数は嵩んだから、私は6回から投げることになるかな。
「さて、1年生達には知らない人もいるだろうけど……2年生は覚えているよね。去年の春の甲子園で、良いように抑えられたあの試合。去年は本城先輩のスリーベースヒットのお蔭で同点に、その後の暴投で逆転勝ちしたよね」
「当然、覚えているわよ。というか1年生達も知ってるでしょ。有名な試合なんだから」
「あの試合、真凡ちゃんが打たなかったら終戦だったからね……今年はもう、あんなギリギリの試合は勘弁だよ」
昨年から、一回り以上成長している真弘ちゃんは最高球速が135キロに到達している。これは、冬の間は身体を苛め抜いたようだね。スライダーと2種のカーブ、チェンジアップにシュートと5球種を投げるから狙い球も絞り辛いし、何よりもコントロールが良いのは厄介。インコースの低めギリギリを突いた後に、アウトコース低めギリギリに入れられるから今大会でも三振の山を築いている。
こちらの先頭バッターであるひじりんに、ポンポンとストライクを2つとる真弘ちゃんは真弘ちゃんで調子が良さそうだ。3球目、スローカーブを待って流したひじりんは、サードへ失速した打球を打ち、内野安打になる。
あそこへ飛んで、ギリギリセーフというのは宝徳学園の守備が良いからだ。ひじりんの足が速くなかったら普通にアウトだったことを考えるとこのランナーは大事にしたい。2番の光月ちゃんは送りバントを一塁方向に決めるけど、ファーストを守る勇奈ちゃんはファーストなのに肩が強いから下手したら2塁でフォースアウトだったよ。
これで、ワンナウトランナー2塁。真凡ちゃんの打席だけど、外野が極端な前進守備だ。もはや、真凡ちゃんの打席では恒例だろうね。よっぽど相手チームの情報を集めないチームでない限り、この対真凡ちゃんシフトは敷かれ続ける。
カウント2-1から4球目。真凡ちゃんは133キロの内角低めのストレートを引っ張り、一二塁間を破る。一二塁間を破って……超前進守備だったライトが捕球し、即座に一塁へ送球。一塁はアウトとなり、真凡ちゃんの記録はライトゴロとなる。
私がガールズ時代に鍛えまくったあの鉄壁の内野陣を、抜いたバッティング技術は相当なものだけど、真弘ちゃんの速球を飛ばすパワーが真凡ちゃんにはない。前回の試合、私と本城先輩を除いたら唯一ヒットを打った存在だから、相当警戒もされてるね。
このライトゴロの間にランナーは3塁まで進んで、ツーアウトランナー3塁。ここで私と智賀ちゃんに打順が回るけど、両者敬遠でツーアウト満塁になった。
……真弘ちゃんは、よく敬遠をする。3塁までなら踏ませても、本塁だけはそう簡単には踏ませてくれない。1点のチャンスが、大量得点のチャンスに変わったけど、打者も変わって6番の水江さんだ。
2年生で、一番自分の身体を苛め抜いているドMちゃんだけど、この状況は彼女にとってご褒美じゃなかったみたい。準決勝、大会も大詰めの11日目。超満員の観客の中、ツーアウト満塁で先制点のチャンス。メンタルも強い方だとは思っていたけど、この場面で平常運転とは行かなかった模様。
初級にスライダーを決められ、カウント0-1から2球目。ストライクからボールゾーンまで曲がるスローカーブに手を出してしまい、バットの先端に当たってしまった打球は、ショートの裕香ちゃんが華麗に捌いてスリーアウト。初回の湘東学園の攻撃も、0点に終わってしまう。これは久しぶりに、ロースコアゲームになるかもね。
「すいません……」
「元気出して!打席内容は責めないけど、それを引きずってエラーしたら怒るよ」
水江さんは、前2人の打者が敬遠で歩かされることが多いだろうから、次からもチャンスで打席が回ってくるはず。初回の失敗をいつまでも引きずられると、勝てるものも勝てなくなっちゃうから声をかける。
両校はこれまで大量得点を重ねて来たから、打撃戦になる予想は多かったけど、その大半の予想を裏切り、試合は0対0のまま進行していく、4回裏、先頭バッターになってしまった私の第2打席は、当然敬遠だった。




