第274話 チャンス
0対0のまま迎えた2回裏、7番の光月ちゃんが左バッターボックスに入る。……さっきの高谷さんの打席、送りバントにしても良かったとは思うけど、習志野のエースを含めた内野陣の守備力を考えると私がサードでアウトになる可能性も高かったし、送りバントでも併殺になっていたかもしれない。
大差で勝つことが多いから、同点で迎えたチャンスの場面で打席に立つ、なんてことが早々無いのは1軍にずっといる1年生達の弱点かもしれない。連続敬遠でチャンスを迎えての打席だったし、打たせても良い場面だから打たせたようだけど。
ツーアウトランナー3塁の場面、光月ちゃんは初球のストレートを見逃してカウントは0-1。130キロの荒れ球だけど、今の球は外角低めの良いコースを突いていたから仕方ない。ただ、この投手は何球か待っていたら必ず甘い球が来る。
光月ちゃんは追い込まれてから1球ファールを打ち、カウント2-2になって6球目。辛抱強く待った後に来た真ん中高めの直球を捉えて、高い守備力を誇る習志野の右中間を破った。
光月ちゃんのタイムリーツーベースヒットで私はホームに還って、先制点を獲得。続く井原さんがヒットを打つも、光月ちゃんはホームに還れずツーアウトランナー1塁3塁になって、久美ちゃんがレフト前へタイムリーヒットを打った。
「……久美ちゃんが左打席入って流し方向に綺麗なクリーンヒットを打ったの、いつ以来だろ」
「久美の球、いつもより重いし、テンションもおかしいし、完全にカノンのせいだからちゃんと責任は取ってよ?」
「責任は取るし、フォームがおかしくなったりしたら私から言うから詩野ちゃんは安心して良いよ」
0対2となり、ツーアウトランナー1塁2塁で聖ちゃんの打席を迎えた所で、早くも習志野はエースを降ろして左腕のピッチャーを出してくる。しかし打線は止まらず、聖ちゃんが走者一掃のタイムリーツーベースヒットを打って4対0になった。2番の詩野ちゃんが三振して、スリーアウトチェンジ。
この4点は、光月ちゃんが打ったから取れた4点だ。というか久美ちゃんが珍しくタイムリーヒットを打っているから、本当に調子が良いんだろうね。
3回表はワンナウトランナー1塁で習志野の上位打線に回るも、1番2番を2打席連続の三振に打ち取る久美ちゃん。守備寄りのチームとは言ったけど、去年の春の甲子園で準優勝、今年の夏の甲子園でベスト4と間違いなく甲子園に出て来る強豪校でも上位の高校を相手にこのピッチングは凄い。
そして3回裏。習志野は3人目の投手を出してくる。たぶん、絶対的なエースがいないからこそすぐにピッチャーを変えられるんだろうね。出て来た投手は1年生で、早ければ来年の夏にはエース番号を背負ってそうなピッチャーだ。
最速は126キロ程度だけど、背が高い。変化球は確か、カーブとチェンジアップとシンカーを持っていたはず。真凡ちゃんがヒットで出塁し、迎えた私の第2打席。相手が私との勝負を選んだということは、試合に勝つことを捨てて勝負を選択したということ。試合を捨てないなら、素直に敬遠で良い場面だしね。
外野と、内野まで大きく後退しているシフトは面白い。ここでバントをすればヒットになりそうだけど、バントヒットや内野安打ならOKという思考だろうね。
というかセカンドとショートまで後退していたら真凡ちゃんが盗塁出来ちゃうけど……盗塁したら、その時は普通に敬遠されそうだし走らないようお願いする。これで習志野の次期エースと、一騎打ちの形かな。
初球、ストレートが外に大きく外れてワンボール。エースよりかは回転数も多そうで、将来有望な1年生だね。今の湘東学園にいる1年生右腕で1番良いストレートを投げる浜川さんより速く見えるし重そう。
2球目のカーブも外れて、カウントは2-0。結局敬遠になるかもしれないという考えが少し過ぎったけど、3球目は外角に入れて来たので、その球を打ちに行き、空振り。今の球は、チェンジアップか。最初はストレートとほとんど変わらない球筋で、急激なブレーキがかかって落ちるのは中々にヤバい。
カウントは2-1となって4球目。同じチェンジアップを今度は内角に入れて来たので、今度はキッチリと芯で捉えてかっ飛ばす。さっきの空振りを見てもう一回カウントを稼げると思ったようだけど、そのもう一回を許さない。流石に2球続けて投げられたら、ホームランにする修正力は持ち合わせているよ。
これで0対6と6点差になって、光月ちゃんと久美ちゃんの2打席連続タイムリーヒットのお陰で9点差にまで広がる。投げては久美ちゃんが習志野打線を被安打4の失点1に抑えて、湘東学園は1対11と5回コールド勝ちを収める。
これで明日の決勝戦は、統光学園対湘東学園となった。秋季神奈川県大会、秋季関東大会と、連続して当たるのは珍しいし、選抜甲子園でも当たりそうだね。




